かなしい感情を表すことば

「さびしい」と「切ない」の違い

日本人は、かなしい感情をさまざまなことばで表現します。「さびしい」と「切ない」は、どちらもかなしくて、胸がしめつけられる思いのこと。「さびしい」は、何かが欠けているようで心が満たされない気持ちを表します。「切ない」は、思い出などで胸がキュッとしめつけられるようなふくざつな気持ちのちがいです。

「さびしい」は、どこかもの足たりないかんじ。ひとりぼっちになって、心にぽっかりと穴があくような気持ちです。

いつも遊んでいた友だちがいなくなった。部屋がしーんとしている。なんだか心細い……。そんな気持ちが「さびしい」です。

さびしいを「さみしい」と書く人がいます。まちがいではありませんが、一般的には「さびしい」と書きます。

「切ない」は、かなしさ、恋しさ、くやしさ、つらさなどがふくざつに混ざり、胸がキュッとなるような気持ち。

その思いをどう晴らしていいかわからないような状態です。

大好きな人を失ったとき、さびしいだけでなく、なつかしさや恋しさといった気持ちもこみ上げてきますよね。

その気持ちが、「切ない」です。

こんなふうに使おう!
「ひとりで夕ごはんを食べるのは、さびしい。」
「だれもいない教室は、静まり返っていてさびしい。」
「毎日練習していた運動会がおわって、ほっとした気持ちと同時に切なさがこみ上げてきた。」
「好きな人が他の子とたのしそうに話しているのを見て、切ない気持ちでいっぱいになった。」
「さびしい」と「切ない」のイラスト
出典=『「自分の気持ち」を表すことば図鑑』(大和出版)イラスト:藤原なおこ

体の部分を使って「いかり」を表す

「腹が立つ」と「頭にくる」のちがい

日本語には「のどから手が出る(ほしい)」「目が覚める(気づく)」など体の部分を使って表現することばが多くあります。

「腹が立つ」と「頭にくる」も、そんなことばのひとつ。「腹」と「頭」では、いかりの意味合いがちがいます。そのちがいを、自分の体で感じてくださいね。

「腹落ちする」「腹が黒い」「腹を決める」など、日本人は気持ちを表すことばに「腹」をよく使います。

腹は、体の深いところ。受け入れようと努力したけれど、やっぱり許すことができない。そんな体の深くから、強いいかりがふつふつとわき上がってくる状態を「腹が立たつ」と言います。

「立腹」ということばもいっしょに覚えてください。

「頭」は体の一番上にありますね。

頭に血が上がって、いかりが頂点に達っした状態です。だから、「頭にきた! もうガマンできない!」ということばが出てくる。感情をおさえることができないほど、強いいかりです。

「腹が立つ」はゆっくりと高まるいかりですが、こちらは速い。聞いた瞬間に、いかりで顔が赤くなるかんじです。

頭にくる前に、冷静になろうね。

こんなふうに使おう!
「あの子のものの言い方には、さすがに腹が立った。」
「手をぬいた試合をするサッカーチームに、腹が立って仕方ない。」
「大切な日に限って電車がおくれているなんて、頭にくる。」
「3日もかけてつくった工作を、弟にこわされて頭にきた。」