NHK「ばけばけ」では、小泉八雲の妻をモデルにしたトキ(髙石あかり)が、ビールを求めて奔走するシーンが描かれている。だが、史実をたどると、コミュニケーションに苦労する八雲の姿が見えてきた。ルポライターの昼間たかしさんが、文献などから読み解く――。

(※本稿は一部にネタバレを含む場合があります)

「ビア」にピンとこないのは創作

NHK朝の連続テレビ小説「ばけばけ」8週目は、言語や文化の違いを乗り越えて奮闘する小泉八雲の妻がモデルのトキ(髙石あかり)の奮闘が描かれている。八雲がモデルのヘブン(トミー・バストウ)は、常に不機嫌な態度を取り「ジゴク‼ ジゴク‼」とすぐに半ギレ。演じるトミー・バストウは日本語が堪能なのだが、外国で自分の言いたいことが伝わらず不快になる演技がめっぽううまい。

ふじきみつ彦・著、NHKドラマ制作班・監修『連続テレビ小説 ばけばけ Part1(NHKドラマ・ガイド)』(NHK出版)
ふじきみつ彦・著、NHKドラマ制作班・監修『連続テレビ小説 ばけばけ Part1(NHKドラマ・ガイド)』(NHK出版)

そんな11月17日の放送の第36回ではヘブンの求めるビア(ビール)がわからず奔走する姿が描かれた。ヘブンに「ビアを買っておいて」といわれるが、誰も「ビア」がなんだかわからない。結局用意したのは琵琶、ヒエ、カマ、コマ……。ヘブンの「ほわっといずでぃす??」で朝から爆笑である。

実のところ、流石にトキが「ビア」と聞いて「ああ、ビールですね」とピンと来ないのは創作である。なぜなら、既にこの時代にビールはメジャーなアルコール飲料になっていたからだ。

ビールは幕末の開港直後から輸入が始まり、すぐに偽物が出回るほどの人気になっている。明治10年代には国産ビールの製造も始まり、牛鍋屋や西洋料理店であればメニューに必ずあった。この時代、ビールは樽で売るのが基本だったため、明治20年代までにコップ売りの店が急増している。1891年の国語辞典『言海』には「ビイル」という項目があり、ほかの呼称として「バクシュ。ビヤ」と書いてある(麒麟麦酒株式会社編『ビールと日本人:明治・大正・昭和ビール普及史』三省堂 1984年)。

八雲は夕食後に「アサヒビールを2本」飲んでいた

そんな八雲は実際にビールを飲んでいたのか。八雲とセツの結婚後に女中として雇われた高木八百の証言が残っている。

先生は夕食後には必ずアサヒビールを2本ずつ飲まれました。そのビールは当時松江大橋詰の山口卯兵衛薬店だけにあったかと思います。始終アサヒビール何ダースかを買い置きまして毎晩差し上げました。

18日放送の第37回で、ビアがわからず途方にくれたトキが錦織(吉沢亮)に教えてもらって駆け込むのは松江で唯一の舶来品店「山橋薬舗」。こんな細かいところでも、史実を踏まえて作劇しているというわけだ。

ちなみに、八雲がビールを買っていた橘泉堂山口卯兵衛商店は現在も営業中。店内には蔵や屋根裏に眠っていた品々を展示する「まちかど博物館」を設けているが、現在は「山口薬局とビールとヘルンさん」のテーマで展示中である。

さて、そんな8週目でやっぱり気になるのは7週目から続くヘルンの怒りっぽさと、それでもめげないトキの姿である。朝から不機嫌、魚の骨がちゃんと取り切れていないと怒り、糸コンニャクを出されて怒る。ついにはトキに「クビ」と言い放ち錦織に、たしなめられるほどだ。