東大に合格も心が満たされることはなかった
東大では、英語サークルで舞台制作をしたり、国際交流の団体運営をしたりと、とても充実した学生生活を送りました。外から見れば、成功と言える受験生活と学生生活だったでしょう。でも、そのときどきの幸せは感じられても、いつも何かが足りず、自信がなく、心から満たされることは決してありませんでした。
振り返ると、やはり自己決定ができていなかったことが大きいとわかります。どんなにいい出会いや経験があっても、いやな出来事が起きるたびに『本当はこの学校には来たくなかったのに』『お母さんのせいだ』と、他責思考になっている自分がいました。親への不信感から、自分の内面を話すことが一切できなくなり、将来について話し合うこともまったくできませんでした。 当然ながら就職活動では迷走し、国家公務員試験に合格したのに面接に行かないという謎の行動をとりました。私は勉強に逃げていたんです。勉強は、やりさえすれば成果が出ます。自分と向き合えない代わりに、勉強をすることで自信を保とうとしていたんですよね。
総合商社に入社後も寮で呼吸困難
その後、運よく総合商社に入社したものの、しばらくすると、自分の人生が閉じていくような絶望にさいなまれるようになりました。
日々の表面は楽しくても、仕事内容に興味が持てず、未来の自分への希望が消えました。さらに自己肯定感の低い私は、周りの人への恐怖心や劣等感に押しつぶされかけていたんです。会社では笑顔で過ごせても、寮に帰ると呼吸ができない感覚に襲われ、このままでは死んでしまうと、本気でそう思いました。
「超優良企業を退社」初めて自分で決断した
就活で勝ち取ったはずの超優良企業の椅子を、入社3年で捨てることに何の迷いもなかったのは、そんな理由からでした。このとき私は初めて、自分で決断し、主体的に行動したんです。夫についてイギリスへ行き、ロンドンで子育てをしながら自分の力で学び直すという道を選び、文芸翻訳という没頭できる夢を見つけて大学院に進学し、ようやく自分自身に会えた感覚を得ました。自分で決め、選択の結果をすべて自分で引き受け、悩み、前に進むための方法を考えられるようになったんです。
ただ、学生時代に主体的に人生を選べなかった劣等感や満たされなさは、いまだに後悔や傷として残っているというのが率直なところです。
私は親を恨んではいません。ですが、自分が親になり、そしてスダチに出会ったいま、私と私の親の失敗経験を言葉で伝え、みなさんと一緒によりよい親子関係について考えていけたらと思っています


