「自分探しの旅」ってなんだよ
【内田】もうひとつの問題は「本当の自分探し」というイデオロギーですね。これは1997年の中教審答申から学校教育に導入された割と新しいアイディアなんです。その時に「自分探しの旅を支援する」のが教育の責務だという新しい言葉づかいが登場した。僕はその時点で強い違和感を覚えました。「自分探しの旅」ってなんだよって。「本当の自分」を早く見つけて、そこに「居着け」と教育するなんて、子どもにあまりに気の毒じゃないですか。前に高部さんが「ドリーム・ハラスメント」という言葉で適切に前景化してくれたように、それは子どもたちに「早く自分の入る蛸壷を決めて、そこから出てくるな」と強制するきわめて抑圧的なイデオロギーだと思います。
僕自身の小学校・中学校の時代を振り返ると、「本当の自分」なんて人に知られたくなかった。親にも家族にも先生にも友人にも知られたくないのが「本当の自分」だった。だって、思春期の「自分」なんてもうどろどろぐじゃぐじゃじゃないですか。
【高部】ぐじゃぐじゃですね。AともBとも限定的に言い尽くせない。
「子どもを理解したい」という親への違和感
【内田】中学生くらいの時なんて本当に収拾がつかなかった。外から見るとまだ童顔の子どもなんだけれども、自分の中に込み上げてくる感情とか欲望とかって、もう統御できない、名前の付けようもない。これは「知られてはならじ」ですよ。
親に隠れて山田風太郎(※1)とか澁澤龍彦(※2)とか読んでいるわけです。見つかったら「どうして子どものくせにこんなものを読んでいるのか」と叱責されるに決まっている。こっちは表面的には「いい子」を演じているわけで、親を失望させたくない。だから「お願いだから僕のことを理解しようとなんて思わないでほしい」と思っていた。それが親に対する僕の切なる願いでした。ですから、学校で「本当の自分を見つける手助けをしてあげよう」なんて言われても、「余計なお世話だよ」ですよ。親や教師やクラスメイトが知っている優等生の僕と、怪しげな妄想に浸っている邪悪な僕はまったく別人なわけですから、そんな「本当の自分」なんか誰にも知られたくない。外面如菩薩内心如夜叉です(笑)。
だから、親が「子どものことをもっと理解したい」とか、子どもが「親にもっと理解してもらいたい」とかいうのを聴くと、いったい何言ってるんだろうと思うんです。子どものことなんか親はわかりっこないし、子どもは親には自分の本性をわかってほしくないというのが現実でしょう? 子どもの本性を知りたいと思うのは、親の「国境侵犯」だと僕は思うんです。いいじゃないですか、よくわからない人で。それでも、一緒にそこそこ愉快に暮らしているというだけで十分じゃないですか。
1:戦後日本を代表する娯楽小説家の第一人者。「甲賀忍法帖」「魔界転生」をはじめとする「忍法帖シリーズ」は舞台化・映画化・アニメ化。
2:幻想文学の代表者の一人として知られ、幅広いジャンルで執筆活動を展開した作家・翻訳家。



