適切な親子の距離感とはどのようなものか。思想家の内田樹さんは「今は親と子の関係が近すぎるのではないか。親が子どもの人生に過剰に干渉しているように見える」という。『謎ルール』(時事通信出版局)より、内田さんと教育思想家の高部大問さんとの対談の一部を紹介する――。
教室で勉強している高校生
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反抗期が減り、「素直ないい子」が増えている

【内田】ハッカーが生まれたのは、「なんでこんなルールがあるんですか?」という子どもたちのまっすぐな問いに、教師も親も世間の大人たちも、答えようとしなかったからだと思います。

【高部】自分の「取り分」を最大化させようということに心血を注いでいるような感じがしますね。

【内田】そうですね。大人たちは子どもたちに向かって「競争しろ」と言っています。競争というのは要するに他の子たちの足を引っ張ってでも押し退けてでも、前へ進んで、自分の取り分を増やせということですよね。それが人としての正しい生き方だと教師も親も教えている。

でも、これは根本的に間違っています。人間は他者と協働してゆくことでしか生きてゆけないからです。「競争すること」より先にまず「協働すること」を子どもたちには教えるべきなんです。協働のための作法を教えるのが学校教育の一番基本だと僕は思います。

競争させることで能力が開花するということはたしかに経験的には確かですけれども、それはあくまで能力を開花させるための「一つの方便」にすぎません。

【高部】疑問をもたずに他者を出し抜けるのが「スマート」という価値観を教えてしまっていますよね。似た観点として気になっているのが、反抗期の問題です。スマートさを重視する若い人のなかで、反抗期が減っているという調査結果もあるようですが、先生の周りはいかがですか?

【内田】減っています。特に男の子です。「素直ないい子」になっている。

「親ガチャ」という言葉が流行するワケ

【高部】先ほどの分類でいうと「ぶつかる」わけでもなく、「ハック」するわけでもなく?

【内田】そうですね、静かに「従う」っていうことですね。

【高部】一方で、希望の兆しかなと思っていますのは、「親ガチャ」っていう言葉があって、この言葉には一筋の光を見ているんですけれど。

【内田】どうしてですか?

【高部】「親ガチャ」というのは、「なんでこんな親の元に生まれたのか」とか、「もっと良い親だったらいいのに」という希望の裏返しを「ガチャ」という言葉で言っているんだと思うんです。親と生活するライフ・スタイルっていつ誰が決めたの? だとか、父母と子2人の4人が標準家族と言われてきましたが、その「標準」って誰が決めたの? といった、先ほどの先生の分類でいえば3番目の「謎ルール」に対する正面からの問いを、彼らなりに発しようとしている手前の、プレの段階として「親ガチャ」っていう言葉が彼らのなかで流行っている。そういう側面があるかなと思うんですが。

【内田】なるほどね。でも、そういう言葉が出てくるのは、その前段として、親と子の関係が近すぎるという事実があると思うんです。親が子どもの人生に過剰に干渉しているように僕には見えます。子どもたちの人生における親の関与が昔と比べるとはるかに過大になっている。だから親が何者であるかが決定的に重要になってしまう。それは子どもにとっては不幸なことだと思うんです。