「心理主義」から抜け出すためのレッスン

さて、話を戻してまとめに入りましょう。さまざまな人々が就職活動について論じる「シューカツ論壇」のなかでは、就職活動の仕組みそのものに問題があるとする著作と、就職活動のハウツーを論じようとする著作との間には大きな断絶がみられました。前者の問題意識が後者にとりいれられることは基本的にはなく、個人で対応できること(中小企業に目を向ける等)のみがとりいれられるという状況になっていました。その意味で、就職対策本(ひいては自己啓発書)というのは、現状への適応メディアという側面がやはり強いのではないかと考えられました。これがTOPIC1・2での議論でした。

ハウツー本においては、就職活動論は、その論点や主張をますます多様なものとしています。自己分析をどう行うか、服装はどうすべきか、女性らしさという資源をどう使っていくか、親はどうかかわっていくべきなのか、等々。著作間でこうした主張はときに対立しながら、しかしどのようにすればいいのか、その客観的根拠は示されぬまま、これをしなければ、という煽りの文句だけがその種類を増やしていくというのが現状であるように思います。これがTOPIC3・4での議論でした。

社会学を学ぶ私の立場からすれば、「シューカツ論壇」において就職活動問題を社会・経済的観点からも論じようとする議論が数多みられる一方、ハウツー本においてはそれらがほぼ無視されているという「断絶」がまず気になります。また、そうしたハウツー本において、客観的根拠(エビデンス)が示されないままに、こういう活動を行う人はうまくいくというエピソードばかりが語られ続けることも気になります。なぜ、就職という、社会・経済的な文脈から考えてもよさそうな現象について、そうした文脈との関連から、また客観的根拠にもとづいて考えようとするアプローチが排除されているのか。しかし、これこそが、幾度も私自身が言及してきた「社会の心理主義化」なのでしょう。「社会的現象を社会からではなく個々人の性格や内面から理解しようとする傾向」(森真一『自己コントロールの檻』9p)、それが就職活動論には端的に表われているのだ、と。

ただ、毎回「社会の心理主義化」が起きているのだと嘆いて終わるばかりでは芸がありません。そこで今回はその嘆きの先にどう進めるのかということについて考えてみたいと思います。

ここで注目したいのが先に述べた「断絶」、つまり、就職活動は結局学生の考え方の問題だとする考え方と、景況によって大きく変わる就職市場の動向や日本の雇用のあり方とも関連してくるものであるため、学生ばかりに要求しても事態は改善しないとする考え方の双方がみられるということです。連載第5テーマ「仕事論」では、仕事が辛いのならそれはあなたの「心」の問題だ、という心理主義一辺倒の主張しかありませんでしたが、就職活動論については一辺倒の議論になっていないことに積極的な意義を見出してみたいと思うのです。

是非、この記事を読んでくださった皆さんには、TOPIC1で紹介した児美川孝一郎さんの『これが論点! 就職問題』や、そこに収められている各論考の著者の本を「アクセス・ポイント」にして、一見して学生個人の意欲といった心理的問題だとしてとらえがちな就職活動問題を、上述した採用慣行や景況といった社会・経済的な観点、あるいは同じ大学生でも大都市圏とそれ以外の大学に通う学生では状況は大きく違うといった地理的な観点、20年ほどさかのぼれば大学生は自己分析など求められていなかった等の歴史的な観点からも考えることの面白さに気づいてもらえればと思います。このように就職活動論を読むときそれらは、「自己啓発の時代」に生きる私たちが心理主義的な考え方から抜け出すための、とてもいいレッスン教材となるのですから。

ただ、心理主義から別の主義に移るのであれば、大して意味はありません。単純明快な一つの答えを得ようとするのでなく、またこれこそが正しいものの見方だとして一つの観点に固執するのでもなく、視点を変えるたびに現象が違って見えるという世の中の複雑さをそのまま受け止められるようになることがこのレッスンの意義です。そのほうが、得られる情報だって、多くなるはずですよね。

さて、この第11テーマで、具体的な資料をとりあげての考察は終わりです。次の第12テーマが最終回になりますが、次回は今までの連載で私が積み残してきた「宿題」と、各連載で扱った各ジャンルの啓発書に共通していえそうな「共通傾向」について考えていきたいと思います。

『親子で勝つ就活
 田宮 寛之/東洋経済新報社

『凡人内定戦略
 武野 光/中経出版

『就活あるある
 武野 光/主婦と生活社

『女子力就活!
 野村 絵理奈,会田 幸恵/ポプラ社

『「受かる」就活女子レッスン
 碇 ともみ/幻冬舎ルネッサンス

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