学生が生き抜くための「自分突っ込み」

前回みてきた自己分析や服装、今回みてきた、特に女子学生の外見(および若い女性であることの戦略的活用)、親の就職活動への関わり。以前からあるものも、最近加わったものも共に、これが決定的な答えだという結論は出ぬまま、さまざまな意見が乱立しているという状況だといえます。

ここまで挙げたトピック以外にも、学生の前にはさまざまな考え、行動の選択肢が示されています。以前示したものとほぼ同様ですが、就職活動が始まるまでの大学生活をどう過ごすか、始まったときどう同級生とかかわっていくか、グループディスカッションや面接でどう立ち振る舞うか、「お祈りメール」が続々と届くときにどうすればよいか、インターネットのサービスや情報をどう活用するか、等々。

しかし、当の大学生がこうした無数の選択肢のなかで立ち往生し、苦悩しているかというと、必ずしもそうとばかりはいえないのだろうと思っています。私がそう思うに至ったのは、武野光(むのひかる)さんの著作を読んでのことです。武野さんは2011年度に就職活動を行って、現在会社員をされているという方です。つまり、採用する立場や、就職市場を評論するという立場ではなく、活動を実際に行った学生の立場から書かれたのが、その著作『凡人内定戦略』『就活あるある』なのです。両書では、今日の大学生が、就職活動における矛盾、悩み、戸惑いにただ翻弄されるのではなく、むしろしたたかにそれらをやり過ごしているのだろうと思わせるようなエピソードが多数盛り込まれています。

より端的なのは『就活あるある』です。同書の第1章「就活あるある 傑作選」では、イラスト付きで、以下のような「あるある」が78個示されているのですが、その一部を紹介してみましょう。

「TVで観る合説(合同説明会の略:引用者注)は傍から見るとカルト集団みたいで気持ち悪いが、気付いたら自分も参加してる」(13p)

「『私服可』と書いてたから私服で来たのにスーツしかいねーじゃねーか!騙しやがって!」(15p)

「学生のくせに社会と会社を語り始める奴がいる」(23p)

「GDGW(グループディスカッションとグループワークの略:引用者注)ではリーダー不在より、リーダーしかいないほうが危険」(25p)

「なんで面接官だけクールビズしてんだよおお!(炎天下)」(26p)

「集団面接でやたら人の話にうなずく奴。喋ってる人をめっちゃ見るパターンもある」(27p)

「これまで『意識の高い学生』に(笑)を付けてきたが、世間的には自分のほうが下等だったと知り、悩む」(39p)

「説明会案内に『持ち物:やる気』とか書いちゃうベンチャー」(79p)

就職活動が始まり、自分自身や友人が変わり始めることへの戸惑い。思わず心の中で突っ込まずにはいられない就職活動の各場面。ときにそうした突っ込みは、企業や人事担当者に対して向けられる場合もあります。従来の就職活動論は概して、学生に甘えがある、あるいは学生がかわいそうだ、というどちらかの立場から発されることが多いように思います。しかし実際のところは、学生は時に就職活動に翻弄されつつもその一方で、心の中で、あるいは友人同士で、メディア上で、就職活動における矛盾や戸惑いへの突っ込みを、またそのような就職活動に従事せざるをえない自分への突っ込みを行って、日々を生き抜いていると考えられないでしょうか。いわば日々営まれている大学生の「適応戦略」に、もう少し注目をしてもよいのではないでしょうか。

このことは自己啓発書一般についてもいえるように思います。私自身、そのようなスタンスでこの連載を行ってきたので、自戒を込めてという話になりますが、自己啓発書の読者は、そこに書かれていることをただ鵜呑みにするのでも、かといって全てを退けているのでもないはずです(自己啓発書をわざわざ手に取るのであれば、そこから何かをくみ取ろうという動機があるはずですから)。おそらくはその中間で、時に啓発書に批判や突っ込みを入れ、時にそのメッセージを受け入れる、また自ら改変して用いるといったかたちで読者は接しているはずです。自己啓発書が多くベストセラーになっている今日、このような「自己啓発書の読まれ方」の分析がなされてもよいのではないかと私は考えていて、実際、私自身が今後研究してみるつもりです。