石橋信夫が立派なのは、戦争や事故などで壮絶な苦労を重ねてきているからか、商売相手に思いやりの気持ちが強いということです。他人様が苦労してつくった会社を強引に乗っ取るようなことが大嫌いでした。むしろ弱りかけた相手に手を差し伸べる。そうすることで感謝が生まれるわけです。

ある企業に100億円出資して助けたときも、こちらから役員を送り込んだり、こちらのやり方を一方的に押しつけたりするようなことは一切しませんでした。その結果、その企業は感謝して一層頑張り、業績が持ちなおしました。その企業の幹部は、うちの創業者の命日には必ず花を持ってお参りにやってきます。厳しい人でしたが、皆に尊敬される方でした。

会社経営において、感謝という気持ちはたいへん大事で、会社が伸びる大きな武器になりえます。「感謝という気持ちを忘れるな」という言葉は、世間に溢れているいろいろなビジネス書にも出てきそうですが、どん底の苦労の中からはい上がってきた先代だけに、その言葉には凄みがあります。

本書はビジネス書ですから、経営手腕の素晴らしさや、思わず膝を打ちたくなるようなリーダー論が学べます。

人事についても示唆に富んでいます。資本金300万円、従業員18人でスタートした会社を、これだけ大きくしたわけですから、自分の子どもたちを後継者に据えるのは世の常、当たり前のことでしょう。創業者は「人に嫌われるのがイヤな者は、経営者になるな」という名言も残しています

20年ほど前、私が大和ハウス工業の専務だったとき、宅地開発を手がけているグループ会社の社長就任を命じられました。債務超過寸前であることに加えて、会社が連帯保証をしている病院が倒産する事件が起こり、68億円の保証金がふりかかってきた。行き先には苦労しかない、暗澹(あんたん)たる人事でした。その窮状を必死で乗り切ったときに、創業者の鶴の一声で大和ハウス工業との合併が決まりました。そういった経緯があり、創業者は、私を後継に指名しました。創業者にはお子さんがいらして、優秀で人格的にも非の打ちどころのない方でした。創業者に私心があれば、子に事業を譲ろうと考えてもおかしくありません。

しかし、4万人を超える従業員とその家族を抱える企業のトップは、厳しいことも含めてありとあらゆることを考えなければいけません。創業者の度量や企業人としての公平性、公正性に瞠目しました。後に私がリーダーの4カ条として「公平、公正、無私、ロマン」を挙げている所以(ゆえん)です。

リーダーが自分のことだけ、自分の家族のことだけがいいと少しでも考えていたら、そんな会社は早晩潰れるでしょう。