本書を手にしたとき、数年前に読んだ五木寛之氏の論考「衰退の時代に日本人が持つべき『覚悟』」(中央公論2009年2月号掲載)を思い出した。五木氏は「今、われわれは、衰退の覚悟を決めたうえで、『優雅な縮小』を目指すべきではないでしょうか」と日本人に呼びかける。日本が「モノづくり」でアジア諸国に勝てるとは思わない。知的に尊敬される小国になるべきだ、と。

五木氏は「尊敬される小国」の例としてギリシャやポルトガル、スペインを挙げていた。今は経済危機の嵐に晒されており、実例として納得するのは難しいが、それでも五木氏の着眼点には新鮮さを感じた。

同じく斬新な視点を前提にしつつ、大前氏はさらに受け入れやすい論を展開させていく。「加工貿易立国ニッポン」が出口の見えない隘路に入り込んでいる、と一喝する。20世紀後半の工業国家モデルであまりにも成功しすぎ、そこから抜けられずもがいていることに「本質的な原因」がある、と。

そのうえで、世界で繁栄している国には次の2つのタイプがあると大前氏は見る。1つは「ボリューム国家」。経済規模が巨大で、人口・労働力のボリュームが低コストを強みに急成長する国々で、BRICs(ブラジル、ロシア、インド、中国)が代表格だ。もう1つは「クオリティ国家」。人口は多くはなく、1人当たりGDPが400万円以上で、世界の繁栄を取り込むのがうまい国々だ。スイス、シンガポール、フィンランド、スウェーデンがその典型である。

アメリカと中国も「実はクオリティ国家の集合体」だと氏は主張する。「アメリカ合衆国とは類似性ゼロ」のシリコンバレーやハリウッド、金融のニューヨーク、穀物などの商品取引のシカゴ、華僑の量産地である福建省や広東省などがその主張の支えだ。この論理の飛躍についていくのは努力を要するが、とりあえず耳を傾けるには値する。

スイスとシンガポールの実例には、今後の日本を考えるうえで多くのヒントが潜んでいる。スイスも日本と同じく通貨高だが、近隣国家から大量の労働力を吸引し、移民も積極的に受け入れて世界一の競争力を保っている。シンガポールは今や5年ごとに国家戦略を策定し直し、政府高官だけでなく、街角のタクシー運転手までがその戦略の内容を理解しているという。

日本の道州制が実現すれば、クオリティ国家は一番身近な参考モデルになるだろう。これこそ大前氏が出した処方箋であり、その実現可能性を、道州制の熱烈な支持者で「大阪都構想」を打ち出した大阪市の橋下徹市長に賭けたという。しかし、橋下市長は石原慎太郎氏と組み、全国的な政争に巻き込まれて、道州制と「大阪都構想」の実現の可能性が遠退いた。今後、大前氏の処方箋がどの程度実現するかは不明だが、その内容を詳細に記述した同書は一読に値する、と勧めたい。