なんだかんだ言っても、選挙は盛り上がる。これだけ政治不信が蔓延し、内外の課題が山積していても、「私にやらせて」という人は驚くほど大勢いて、感心してしまうほどだ。はれて議員になった方々には、当選するために使ったその爆発的なエネルギーをぜひ政策に傾注してほしい。

さて、本書のテーマはウェブと政治の関係である。ソーシャルメディアや動画配信等、急激に双方向性、ライブ性を強めてきた近年のインターネット環境が政治にどのような可能性を広げるのか? ネットではあれもできる、これもできると前のめりになるのではなく、取材事実に基づいたクールな分析が貫かれていて心地よい1冊だ。

たとえば政治家のツイッター。自分の政治信条や活動をダイレクトに伝える目的はわかるが、それだけでもないらしい。特定のトピックに関する有権者の意向を捉えるマーケティング調査にも活用できる。ユーザーから寄せられた陳情や意見に真摯に回答する議員も増えているという。支援者だけに囲まれているのと違い、何でもありの環境は相当なプレッシャーだろう。

一般市民がある意味無責任に発言した集積が、選ばれた政治家の熟考に間接的に影響する。取材に答えている政治家のコメントの多くは、新しい政治のあり方への期待感を抱かせるものだ。

動画配信はどうだろう。民主党の目玉政策だった事業仕分け。きちんと理解するなら、時間的制約のないインターネット放送で全体の進行を確認したほうがよさそうだ。ニコニコ生放送なら、リアルタイムアンケートを行うシステムもあり、意見表明も可能。「2位じゃだめなんですか!」だけを繰り返し見せられるテレビと比較しても、政策をしっかり吟味するのに適したメディアと言えるかもしれない。

一連の原発反対デモでネットが大きな動員力を発揮したことは記憶に新しい。紹介された調査結果では、2012年6月の官邸前抗議への参加者がデモを知ったきっかけは、ツイッター、ウェブ、フェイスブックの合計が6割を超え、口コミ(2割弱)、新聞・テレビ等(1割強)を凌駕していた。世界規模で言えば、オバマ大統領の選挙戦略や、「アラブの春」における民衆蜂起、身近なところでは、被災地におけるバッジなき政治家たちの草の根活動。どの例もネットがすべてではないにせよ、それがなければ違う結果になっていたことが本書でよく理解できる。

こうした流れが、どのあたりまで行き着くのかは正直わからない。今回登場した政治家は、いずれもネットリテラシーの高い人たちばかり。有権者の側にもウェブ利用には相当の温度差がある。これらが融合していくのか、それとも二極化か。

読後の感想はいろいろだろう。少なくとも時代遅れの公職選挙法のネット規制は変更すべきとする人が多いのではないか。著者に同じ視点でもう一度、衆院選を総括してほしい。