ドヤ街から抜け出すにはどうすればいいのか。ノンフィクション作家の石井光太さんの書籍『無縁老人 高齢者福祉の最前線』(潮出版社)より、大阪・西成の福祉事業のケースを紹介する――。(第2回/全2回)

釜ヶ崎のベンチャー企業

釡ヶ崎と隣接するアーケード街には、立ち飲み屋が並び、朝から酔っ払いの歌声が響いていた。道端には地べたにすわって酒盛りをする人たちや、独り言を言いつづけるホームレスの姿があり、電信柱の下の吐瀉物や立小便の跡から悪臭が立ち込めている。

アーケード街を少し行ったところに、目指していたクラフトビールの醸造所が建っていた。

このあたりの街の風景には似つかわしくない、デザイン性豊かな2階建ての建物だ。ベンチャー企業のオフィスと言われても疑わないだろう。

醸造所を運営しているのは、株式会社cyclo(以下「シクロ」)だ。訪問介護事業、通所介護事業、就労支援事業など、西成に暮らす高齢者や障害者を対象とした福祉サービスを主に行っている。

会社の会議室では、代表の山﨑昌宣あきのり氏(43歳)がインタビューに応じてくれた。山﨑氏は次のように語る。

「クラフトビール事業をはじめるなんて想像したこともありません」

「僕がこの会社を作ったのは2008年のことでした。もともと僕は福祉関係の別の会社に勤めていたんです。当時は、まさか自分が会社を経営するとか、ましてや介護事業の他にクラフトビール事業をはじめるなんて想像したこともありませんでした」

クラフトビールのイメージ
写真=iStock.com/LauriPatterson
「クラフトビール事業をはじめるなんて想像したこともありません」(※写真はイメージです)

この会社を設立する前、山﨑氏は大阪で広く介護事業を行う会社に就職し、エリアマネージャーとして働いていた。西成、生野、今里、難波といった地区で働くケアマネージャーを管理する立場だった。

だが、その会社が訳あって倒産することになった。山﨑氏は地区の責任者として、利用者たちが継続して必要なサービスを受けられるように、別の介護事業者に引き継ぎをしなければならなかった。