高視聴率を誇る箱根駅伝。そこでゴボウ抜きの快走を見せれば一躍全国区の人気者に。大企業がずらり並ぶ実業団にも一般学生と別ルートで“入社”できる。だが、スポーツライターの酒井政人さんは「人生ほぼ陸上できた選手の中には、受験・就職の苦しみやバイト経験に乏しく、実業団ランナーを引退し社業専念してからもがき苦しむ人も少なくない」という――。
一斉にスタートする各校の往路第1走者=2023年1月2日、東京・大手町
写真=時事通信フォト
イメージ写真です。一斉にスタートする各校の往路第1走者=2023年1月2日、東京・大手町

箱根駅伝ランナーの危ういセカンドキャリア

第100回を迎える箱根駅伝まであと約1週間。どんなレース展開になるか楽しみだが、筆者が長年この屈指の人気を誇る大会を取材してきて感じることがある。

伝統と歴史ある大会に出場することで、かえって自分の価値、実力を見誤るランナーが少なくないということだ。それは、たとえて言うなら、角界にしばしばはびこる“ごっつぁん体質”に近いものといったらいいだろうか。そんな傾向が近年とみに箱根ランナーに目立ち始めている。これが大学生ランナーが“就職”する実業団でのセカンドキャリアを危ういものにしている。

速い選手は高校受験から就職までほぼ“無試験”

多くの箱根ランナーは小さい頃から走るのが得意だ。とりわけ長距離が強い。典型的な進路の例を挙げてみよう。

中学時代に都道府県レベルで上位の成績を収めると、地域の強豪高校から声がかかる。私立の場合、スポーツ推薦は当たり前でなかには授業料免除もある。

高校で全国大会上位の活躍をすると、箱根駅伝を目指す大学の“争奪戦”が待っている。大学によっては授業料免除だけでなく、寮費や生活費までサポートしてくれるところもある。また全国大会で活躍できるほどのレベルでなくても、強豪校の場合は“パイプ”がある強豪大学にねじこんでもらえるパターンは少なくない。

箱根駅伝に出場できるのは通常20校だが、本格強化している大学は40校ほどある。スポーツ推薦は各大学10人前後なので、ザックリいうと400人ほどのランナーが毎年、スポーツ推薦で関東の大学に入学している計算だ(※なかにはスポーツ推薦以外で入学して、箱根を目指すものもいる)。

大学でライバルたちとしのぎを削り、箱根駅伝にスタメン出場して活躍すると、今度は実業団チームから熱烈オファーが舞い込む。同じく正月恒例の実業団によるニューイヤー駅伝の出場枠は通常37チーム。全国で本格強化しているのは40社ほど。関東の大学を卒業した選手は毎年80人ほどが実業団チームに進んでいる。

なお、ニューイヤー駅伝の上位チームにはHonda、富士通、トヨタ自動車、三菱重工、SUBARU、JR東日本など有名企業がズラリ。選手として入社する場合は、もちろん一般学生とは別ルートで“就職試験”が行われ、晴れて実業団選手となる。

彼らはちょっとしたタイム差で天国と地獄が分けられる競技の中で何度もふるいにかけられてきた。実業団に進むような選手はその激烈な世界を生き残るために努力と工夫を重ねた功労者である。ただ、その一方で世間一般の大学生が経験する入学試験、アルバイト、就職活動をほとんど経験していない。それどころか、運動部がかなり優遇される大学や学部では、大学の授業に出席しない選手もいる(それでも卒業できる)。