大工さんと大手ゼネコン社員、どちらが脆弱か

「一見、脆弱だけれども実は反脆弱なシステム」と「一見、頑健だけれども実は脆弱なシステム」の対比は社会の至る所に見られます。例えば「手に職を持った工務店の大工さん」と「大手ゼネコンの総合職」とか、「アメ横商店街」と「大型百貨店」とか、「ママチャリ」と「ベンツSクラス」などです。5万円のママチャリと1000万円のベンツを比較して、「後者の方が脆弱である」と指摘すれば、多くの人は訝しく思うでしょう。

それは、それらの印象があくまで「システムが正常に動いている状態」を前提にしているからです。東日本大震災の際には東京でも交通網が完全に麻痺し、筆者はオフィス近辺で自転車を購入して30キロ離れた自宅まで2時間ほどで帰ることができましたが、自動車に頼って移動しようとした人は5倍以上の時間をかけています。

さて、この「反脆弱性」を組織論やキャリア論に当てはめて考えてみるとどのような示唆が得られるでしょうか。まず組織論について言えば、意図的な失敗を織り込むのが重要だ、ということになります。

ストレスの少ない状況になればなるほどシステムは脆弱になってしまうわけですから、常に一定のストレス、自分自身が崩壊しない程度のストレスをかけることが重要です。なぜかというと、その失敗は学習を促し、組織の創造性を高めることになるからです。

「頑強」と言われるキャリアの落とし穴

同様のことがキャリア論の世界においても言えます。「頑健なキャリア」ということになると、「大手都市銀行や総合商社など、評価の確立している大きな組織に加わり、そこでつつがなく、大きな失敗をすることもなく、順調に出世していく」ことだと考えられますが、さてそのようなキャリアは本当に言われているほど「頑健」なのでしょうか。

すでに、大手都市銀行による人員削減のニュースが社会を賑わせています。組織論の専門家から言わせれば、銀行の仕事というのはモジュール化が進んでおり、また手続きのプロトコルが非常に洗練されているので最も機械に代替させやすいんですね。

大きな組織に勤めてその中でずっと過ごすということになると、その人の人的資本(スキルや知識)や社会資本(人脈や評判、信用)のほとんどは企業内に蓄積されることになります。ところが、この人的資本や社会資本は、その会社を離れてしまうと大きく目減りしてしまう。

つまり人を一つの企業として考えてみた場合、この人のバランスシートというのは、その会社から離れてしまうと極めて「脆弱」になってしまうわけです。