人を動かすにはどうすればいいのか。コンサルタントの山口周さんは「アリストテレスは『ロゴス・エトス・パトス』の3要素が必要だと説いた。この『弁論術』は、欧米社会の知識階層においては、当然の教養の一つになっている。リーダーという立場に立つ人であれば知っておいて損はない」という――。

※本稿は、山口周『武器になる哲学 人生を生き抜くための哲学・思想のキーコンセプト50』(KADOKAWA)の一部を再編集したものです。

アリストテレス(紀元前384~紀元前322)
古代ギリシアの哲学者。プラトンの弟子であり、ソクラテス、プラトンとともに、しばしば西洋最大の哲学者の一人とされ、その多岐にわたる自然研究の業績から「万学の祖」とも呼ばれる。イスラム哲学や中世スコラ学、さらには近代哲学・論理学に多大な影響を与えた。
アリストテレス(写真=CC-PD-Mark/Wikimedia Commons)
アリストテレス・ローマ国立博物館蔵(写真=Jastrow/CC-PD-Mark/Wikimedia Commons

論理だけでは人は動かない

人の行動を本当の意味で変えさせようと思うのであれば、「説得よりは納得、納得よりは共感」が求められます。論理思考に優れたコンサルタントが往々にして事業会社に移ってから苦戦するのは、論理によって人が動くと誤解しているからです。

では人が真に納得して動くためには何が必要なのか? アリストテレスは著書『弁論術』において、本当の意味で人を説得して行動を変えさせるためには「ロゴス」「エトス」「パトス」の三つが必要だと説いています。

「ロゴス」とはロジックのことです。論理だけで人を説得することは難しいと指摘はしたものの、一方で論理的にムチャクチャだと思われる企てに人の賛同を得ることは難しいでしょう。主張が理にかなっているというのは、人を説得する上で重要な要件であり、であるからこそアリストテレスも『弁論術』において、かなりのスペースを使って「ロゴス」について説明しています。

しかし、ではそれだけで人が動くかというと、そうはいきません。つまり「論理」は必要条件であって十分条件ではない、ということです。

これはディベートを思い出してみればわかりやすい。ディベートでは相手を打ち負かせばそれでよいわけですが、実社会で同じことをやれば、打ち負かされた相手は怨恨えんこんを内側に抱えることになり、結局のところ面従腹背するだけで全力以上の実力を発揮することはありません。論理だけでは人は動かないのです。

さらに「道徳的に正しく」「情熱がある」必要がある

ということでアリストテレスが次に挙げているのが「エトス」です。「エトス」とは、エシックス=倫理のことです。いくら理にかなっていても道徳的に正しいと思える営みでなければ人のエネルギーを引き出すことはできません。

人は、道徳的に正しいと思えること、社会的に価値があると思えるものに自らの才能と時間を投入したいと考えるものであり、であればこそ、その点を訴えて人の心を動かすことが有効であるとアリストテレスは説いているわけです。

そして三つ目の「パトス」とはパッション=情熱のことです。本人が思い入れをもって熱っぽく語ることで初めて人は共感します。手を胸に当てて想像してみて欲しいのですが、もしシラけきった表情の坂本龍馬が、さもつまらなそうに維新の重要性を訴えていたとしたら、あれだけの運動を起こすことができたでしょうか?

あるいは、いかにも「ヤル気ゼロ」といった表情のキング牧師が、カッタルそうに差別撤廃の夢を訴えていたとしたら、あなたはどう思うでしょうか? ……まったくピンときませんよね。彼らが「パトス」、つまり情熱をもって未来を語ったからこそ、世界はいまあるように変わりました。