地元は「富裕層に絞った観光」を歓迎するが…

客室単価の高さを反映して、一般の宿泊施設では得られない体験や借景を売り物にしている。例えば、「パークハイアット京都」は東山山麓の料亭敷地内に建設し、この料亭とのコラボレーションと、八坂の塔や京都市街の夜景を一望できるレストランやバーが強調される。

帝国ホテルは祇園の弥栄会館の修復改築で進出を計画しており、いうまでもなく、花見小路の奥にある祇園の中心地としてのロケーション、花街の中心施設との協同が眼目である。

三井系列は、二条城東隣りの京都所司代跡地にある「三井家ゆかりの地に250年以上にわたって存在した三井総領家(北家)の邸宅」を利用したホテルを建設した。また、二条城の北側に隣接する土地にはシャングリラ系列の高級ホテルの建設が進められている。

高級で小規模のホテル急増の傾向は、2010年代のアジアからの観光客の急増とそれに対応した民泊施設の爆発的増加の反動でもある。京都は明白な観光容量の制約に直面し、市民からの様々な「観光公害」の声に押されて、長期滞在で一人当たり消費金額の大きい富裕層にターゲットを絞った施設の建設を歓迎した。

京都の密集市街地にホテル建設に適した更地を見つけるのが困難なのはいうまでもなく、このような既存施設の修復や再利用によるホテル建設はそれなりの知恵を絞った策であり、評価する論説も多い。

日本の京都タワーのある京都の街並み
写真=iStock.com/winhorse
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「富裕層のプライベートビーチ」では地元に金は落ちない

しかし、よく考えればこれらはいずれも第2章で取り上げた、京都の文化遺産、伝統技術や伝統工芸の希少レント(註)の派生物でもある。言い換えればこのようなホテルの付加価値は、限定された顧客を対象とすることによる、京都の魅力の囲い込みにあるともいえよう。

限定された顧客を対象とするこのような小規模ホテルは、事実上宿泊客以外の利用は極めて限定され、地域全体の再開発や活性化とは程遠い。つづめていえば、京都は観光業の量的拡大で混雑現象を引き起こしたが、続く富裕層限定の戦略では都市の魅力を切り売りするような形に変貌しつつある。いわば、京都のプライベートビーチ化である。

極論すれば、このように切り売りされた観光レントは、これらのラグジュアリホテルグループの超過利潤として吸収されるだけになりかねない。いわば、新手のゼロドル観光である。

(編註)経済的基盤が希少性にあり、それを保障するために公権力や制度・慣習に依存する様々な競争抑圧的行動を「レントシーキング」と呼ぶ。西陣など、京都の手工業も含めた多くの自営業や専門職にみられた。