オーバーツーリズムにあえぐ京都は、観光戦略を富裕層に絞りつつある。京都大学名誉教授の有賀健さんは「京都は『富裕層のプライベートビーチ』になりつつある。だが、こうした戦略が地元を潤すことは考えづらい」という――。

※本稿は、有賀健『京都 未完の産業都市のゆくえ』(新潮選書)の一部を再編集したものです。

京都 夜の三年坂
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観光客の急増がもたらす負の影響

観光客の急増は交通に限らず様々な側面で混雑現象をもたらす。もちろん規模の大きさが混雑現象の最大の理由であるが、それだけではない。混雑現象のもう一つの理由は観光客が一般市民や通学通勤者とは異なった行動パターンを持ち、常住人口の行動パターンを前提に作られた様々なインフラや慣行やルールが観光客の行動にそぐわず、摩擦が生じることにある。

例えば市民からの苦情の多い騒音やゴミ問題を考えると、住民にとっては従うことに無理のないルールも観光客にはそもそも理解されていないことが多いうえ、たとえ理解していても実行が難しいことが頻繁に起こる。

そして、このような苦情の多くが、住宅街の中に立地する簡易宿所や民泊施設の近隣で発生している。

2年で1000件以上の簡易宿所が増加

矢野(2021)によれば、2020年3月末の京都市のウエブサイトによると、市内には3274の簡易宿所があり、これは2年前の2018年(2269)とくらべてさえ1000件以上の増加である。また同論文は、その9割以上が2015年以降に許可を受けたものであることを示す。

行政区別の分布では、下京(762)、東山(634)、中京(500)、南(453)の4区で全体の3分の2以上を占めるが、伏見や嵐山など周辺部にも集中立地の地域が点在する。最も集中が見られるのは祇園界隈を中心とした四条から五条にかけてであり、京都駅の南側や西陣にも集中が見られる。民泊の立地も簡易宿所と似ており、下京、東山、中京に全体の半数以上が集中していて、過半が、集合住宅の一室である。

インバウンドの急増が起こる前、今世紀初め頃までは、このような摩擦現象は季節・時間・地域が限定されており、それを予め避けることで、市内で社会問題として注目されることはなかった。観光客が集中するのは、東山エリア、嵯峨野・嵐山、金閣を中心とする北山など、京都を取り巻く山裾の周辺部であり、主要街路での春秋の交通混雑を除けば、都心部への観光客や関連産業の住民生活への浸透はごく限られたものであった。