2015年のラグビーW杯で、日本代表は格上の南アフリカ代表から大金星を挙げた。その裏には、当時のエディー・ジョーンズHC(ヘッドコーチ)がユニクロ創業者である柳井正氏から学んだ「ある信念」があった。エディー氏の著書『LEADERSHIP』(東洋館出版社)より、一部を紹介しよう――。
南アフリカから歴史的勝利を挙げ、試合終了後に撮影に応じる日本代表の選手たち=2015年9月21日、イギリス・グロスター
写真=時事通信フォト
南アフリカから歴史的勝利を挙げ、試合終了後に撮影に応じる日本代表の選手たち=2015年9月21日、イギリス・グロスター

ユニクロ柳井正との出会い

私は自分の内側から、どうしても2023年のフランス大会までチームを率いたいという強い欲求が込み上げてくるのを感じた。だから、再び列車に乗り込むと決めた。新たな推進力によってこの列車を終着点まで到達させる、と腹を括ったのだ。

だが、そのことを誰かに話す前に、まずは終着点を明確にイメージする必要があった。ビジョンを描かなければならなかった。

私は、“イングランド代表の限界は誰も知らない”と自分に言い聞かせた。もし我々が正しいビジョンを描ければ、これまで自分たちで勝手に設けていた限界を超え、新しい場所に到達できるはずだ、と。

「2023年のワールドカップで優勝を目指す」という、以前と代わり映えのしないビジョンを掲げても意味がないのはわかっていた。これはビジョンというより、前回の計画のコピーにすぎない。もちろんワールドカップの優勝を目指すことは、我々の努力の中心にある。だがそれを凌駕する、選手をさらに鼓舞するような新たなビジョンが必要だった。

アイデアの種は芽生え始めていた。私は常にスポーツ以外の世界に目を向けていた。コーチの経験を積んでいくほどに、その好奇心は膨らんでいった。7年前、東京のゴールドマン・サックスのアドバイザリーボードのメンバーに就任したのもそのためだ。エリートスポーツに魅了されているビジネスパーソンは多く、スポーツ界の人間が示す教訓の中から自らのビジネスに応用できるものを見出そうとする。

同時に、スポーツ界の人間もビジネスをはじめとする他分野のリーダーから多くを学べる。だから、アドバイザリーボードのメンバーとしてゴールドマン・サックスの人々と定期的に会うことは、双方にとって恩恵があるものだった。私自身、計り知れないほどのメリットが得られた。

その好例が、ゴールドマン・サックスでの仕事をきっかけに柳井正と親交を持つようになったことだ。

彼は日本の億万長者だが、お金にあまり興味のない私にとって、単なる大富豪以上の存在だ。大胆で独創的な思想家であり、徹底して考え抜き、勇気を持って壮大なビジョンを描く彼は、ファーストリテイリング社の創業者兼オーナー兼社長である。

同社は彼が1984年に設立したカジュアル衣料品の製造・販売会社ユニクロの持ち株会社だ。現在ユニクロは世界各地に約2500店舗を展開しており、正は日本一の富豪と見なされている。2021年時点での彼の推定資産は450億ドル以上。だが私としてはその莫大な資産よりも、彼が成功を手にするまでの物語のほうが好きだ。