三菱ケミカルHD社長 小林喜光(こばやし・よしみつ)
1946年、山梨県生まれ。東京大学大学院理学系研究科修了。ヘブライ大学、ピサ大学への留学を経て、74年、三菱化成工業(現三菱化学)入社。96年、三菱化学メディア社長、2005年、三菱化学科学技術研究センター社長、06年、三菱ケミカルホールディングス取締役、07年より現職。

安息日モードのときアイデアが浮かぶ

私の1週間は2種類のモードがある。一つは平日のルーチンモードだ。朝7時半に出社し、9時まではよほど緊急な用件以外、何があっても予定は入れず、情報収集、会議の予習、メール返信などに充てる。1日で唯一の自分の時間だ。以降は秘書がグループウェア用時間管理ソフトで作成し、プリントアウトしたスケジュール表に沿って、“仕事のメカ”となって予定をこなしていく。

三菱ケミカルHD社長
小林喜光氏

前は予定と予定の間に1分1秒のすき間もないスケジュールが組まれ、トイレにも走っていかなければならなかった。さすがに今はところどころに5分ほどの間隙を入れてもらっている。午後6時ごろに社内のスケジュールが終わると、毎晩、外で仕事上の関係先と会食だ。

社外では携帯電話から同じスケジュール表にアクセスできるので、車中で時間と場所を確認する。会食が9時か10時まで続き、11時までには帰宅し、そのまま就寝。早朝起床し、入浴し、朝食をとり、マッサージ器でしばし体の凝りをほぐして出社する。そんなフル回転の日々が月曜日から金曜日まで続くのだ。

これが一転するのが、仕事のメカから“人間”に戻る土日の安息日モードだ。取引先などとのゴルフの予定が入ることも多いが、そうでなければ、特に何もせず、庭の植木や盆栽に水をやったり、飼っている金魚やメダカを眺めたりしてぼんやりと1日を過ごす。

私が東大の修士課程を修了後、放射線化学の勉強をしに留学したイスラエルにはシャバットと呼ばれるユダヤ教の安息日があり、毎週金曜日の日没から土曜日の日没まで、人々は一切の労働をせずに過ごしていた。イスラム教社会では金曜日が安息日で集団で礼拝が行われる。キリスト教社会の欧米でも日曜日には家族で教会のミサに参列する。こうした安息日は宗教上の理由とは別に、時間管理の視点から見ると、精神を活性化するための人間の知恵ではないかと思う。

というのも、安息日モードのときほど、いろいろなアイデアがひらめくからだ。家内の観察によれば、私はルーチンのスケジュールが過密だったり、土日を使った海外出張が連続して、仕事のメカ状態が長く続くと余裕がなくなり、ちょっとしたことにもセンシティブに反応し、怒りやすくなるようだ。精神的な疲れが蓄積するのだろう。そのままいけばどこかで壊れる。そこで、仕事から離れ人間に戻ると、ふとアイデアが浮かぶ。

例えば、三菱ケミカルホールディングスが目指す方向性として、「KAITEKI(社会の快適)」というキャッチコピーがひらめいたのもそうだった。われわれのグループは複数の化学会社や医薬品会社が集まって生まれて日も浅く、製品群が多岐にわたるため、この会社は何のためにあるのかというアイデンティティが見えにくいところがある。「共通の言語」が早急に必要だ。そう考えながらもルーチンモードでは漠然としてまとまらなかったものが、安息日モードに入ったところで有機的に結合し、結実した。

手帳は日本能率協会製の同じタイプを十数年使い続けている。付せんの活用は月曜朝が多い。手帳には転記せず、すぐに捨てるという。

各事業について単に損益だけでなく、「サステナビリティ(持続可能性)」「健康」「快適」の3つの軸で評価基準を設け、KAITEKI度指数を100点満点で採点し、評価する。こうしたクリエーティブなアイデアが安息日モードのときに浮かぶのは、どこか自分の原点に立ち戻るところがあるからだろう。

アイデアがひらめくと、私にとっての必須のツール、付せんの出番になる。大きめのサイズをいつも枕元に置いておき、夜、その日に浮かんだアイデアを書き留める。そして、週明けの朝、手帳を開いて貼りつけ、仕事へとつなげる。以前は手帳に直接書き込んでいたが、張りつけ方式のほうがはるかに手軽だ。その意味で付せんは安息日とルーチン、2つの時間を結ぶメッセンジャー役であり、手帳は自分がいつ、どんなことをひらめき、何を思いついたかを記録する個人的なアーカイブといえる。