TPOを考えて書くということが大事だといいましたが、どんな局面で書く文章であれ、それが自己表現であることには変わりありません。それゆえ、書いたものには知識や教養、思考の深さから人間性にいたるまで、すべてが表れてしまう。逆にいえば、知識や教養がなければTPOをわきまえられないし、いい文章は書けないのです。

中国では昔から、漢詩が人を評価する手段のひとつとなっています。非常に短い言葉で自分の思い描く世界を的確に表現するのが漢詩ですから、そこに書かれている字句というのは、まさにその人の教養や感性が凝縮されたものだといっても過言ではありません。それに字相にも個性が表れるので、併せて見ればどういう人物かが透けて見えてくるのです。

現代のワープロで打った文字では字相までは見られませんが、それでも書かれた文章を読めば、その人がどういう人なのかは、おおよそ見当がつきます。だから、文章を書くときは、書いたものを通して自分自身を見られていると思ったほうがいいでしょう。

弊社では、新入社員に経営やビジネスに関する課題を与え、それについて論文を書かせるということを定期的にやっています。

それを読むと、これまでどういう本をどれだけ読んできたかや、ふだんどれくらい考えているか、さらに考えを伝える訓練をしているかなどが、ものの見事にわかる。読書量の少ない人の文章は薄っぺらだし、論理矛盾が目立つのは書き慣れていないからです。どこかからコピーしてきた文章は、うまくまとまっているようでも自分で考えた形跡が見えないので、意外と簡単に見抜けます。

(山口雅之=構成 芳地博之=撮影)