プーチン氏は西側との数少ない対話チャネルを失った

オバマ氏が土壇場でUターンしシリア介入を断念したことに「弱さ」を見てとったロシアのウラジーミル・プーチン大統領は14年2月、ウクライナ・クリミア併合を強行、東部紛争に火を放った。安倍元首相は北方領土問題と平和条約の締結についてプーチン氏と27回も会談を重ねる一方で、不動の日米同盟を築き上げた。

プーチン氏は安倍元首相の遺族にあてた弔電で「安倍元首相は傑出した政治家で、両国の良き隣人関係の発展に多くの功績を残した。この重く、取り返しのつかない損失に直面しているご家族の強さを祈ります」と伝えた。プーチン氏はウクライナ侵攻で敵対する西側との数少ない対話チャネルの一つを失った。

ドイツのアンゲラ・メルケル首相(当時)は国内総生産(GDP)の2%という北大西洋条約機構(NATO)の防衛費目標を無視し、バルト海の海底を通ってロシアの天然ガスをドイツに送るパイプライン計画「ノルドストリーム2」を進め、トランプ氏を激怒させた。エマニュエル・マクロン仏大統領に至っては「NATOは脳死状態」と呼び、ほころびを露呈させた。

バイデン氏は米欧関係の修復に努めたものの、プーチン氏の冒険主義を止めることはできなかった。ロシア産原油・天然ガスに依存する独仏伊などの欧州主要国はロシアがウクライナに侵攻しても、いずれ妥協するとプーチン氏に思わせてしまったからだ。プーチン氏との対話を重ねたマクロン氏には安倍元首相のような用心深さとしたたかさはなかった。

「日本と米国はともに相対的に衰退している」

14年7月、安倍元首相は一定の条件下で集団的自衛権の行使を容認する憲法解釈変更を決定した。「他国への武力攻撃でも、わが国の存立を脅かすことも現実に起こり得る」として厳しい要件を課した上で集団的自衛権の行使を限定的に認めた。「台湾有事」に備え、日米同盟をさらに強固にしておく狙いがあった。

米紙ニューヨーク・タイムズで東京支局長を務めたこともある知日派デービッド・サンガー記者は同紙に「安倍元首相が、米国が戦後制定した日本の現行憲法に基づく制約を緩和しようとしたのは、日本がかつてないほど同盟国の米国を必要としていることを認識していたからだ。同盟を結ぶということは相互に防衛の義務を負うということだ」と書く。

「安倍元首相は、日本政治に詳しい米マサチューセッツ工科大学のリチャード・サミュエルズ教授が言うように『日本と米国はともに相対的に衰退している』ため、その才能と資源を組み合わせなければならないことを知っているようだった。そして『この関係はうまくいかなければならない』と安倍元首相は結論付けた」と結ぶ。

占領下に定められた現行憲法では日本の防衛も非常事態の対策も駐留米軍が行うことになっていた。自衛隊を創設するなど、憲法も解釈の変更に継ぐ変更を重ねてきたが、とうに限界が来ている。米中逆転が迫る中、日本も米国をサポートするため、戦力不保持をうたった憲法9条を改める時が来ていることを安倍氏は繰り返し、訴えてきた。