客との向き合い方を「数より質」に変えた

例えば「1000件ターゲットにアプローチすることができれば10件見込み客にできる」というような荒っぽい仕事であった。アプローチする件数が増えれば増えるほど成果は出る。3倍になったノルマを達成するには3倍のタスクをこなせばいい、そういう認識がまかり通っていた。

だが営業マンとてひとりの人間である。倍々にタスクを増やすことはできない。自力でやっていくにはいつかは限界がくる。同期の脱落を前に、僕の危機感は強くなるばかりであった。悩んでいても常にノルマは意識のどこかにあった。日々何件回らなければならないというタスクは毎日僕を追いかけてきた。ノルマをクリアすれば来期この重圧はさらに強くなる。かといってノルマ未達なら営業マンとしての存在価値はなくなる。

今の僕ならそういう状況に置かれた若い営業マンを見かけても「そんなに肩に力を入れるなよ。気楽になって全部放り出して逃げてしまえよ」と笑って言えるが、当時は大真面目に、追い詰められていた。

ノルマとタスクがあったからできることはかぎられていた。大きな軌道修正ができない。そのなかで工夫するようにしてみた。

まずは毎日のタスク、新規開発と見込み客へのアプローチの数ではなく質を追求してみることにした。それまで客は数字でしかなかったが、ひとりの人間として話をするようにしてみたのだ。打算も勝算もなかった。取りあえず変えてみて良い方向に動いたら結果オッケーというヤケクソな感じであった。

屋外で握手を交わす2人の男性
写真=iStock.com/kazuma seki
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時には他社のサービスを勧めたことも

自社の商品やサービスを売るという地点から少し離れて、相手が望んでいることに耳を傾けてみた。驚いた。実にさまざまな話が聞けたのだ。それまで、客を営業タスクのターゲットととらえていたときには聞けなかった話がポンポン飛び出してきたのだ。自社商品とサービスのアピールが、相手の話したいことの障害物になっていたのだ。

ひとたび仕事(自社商品)と関係のない話になると、相手は求めているものを素直に話してくれた。自社商品とサービスに関係のない話は、正直いってよくわからないことも多かった。

ビジネスにつながるとは思えない、例えば家族の愚痴のような話も聞かされたけれど全部未来につながると信じて聞いた。話の内容は細かく、人それぞれだったので、手帳にすべて書き留めた。仕事の合間に、その膨大なメモを眺めて、そこから何ができるのか発想したものを書いていった。実際に手を動かして書くことで発想はガンガン出てきた。自社とコストにこだわらなければ提案のアイデアはいくらでもできた。

自社のサービスで応えられないときは他社をすすめたり、そこから進んで競合他社の営業担当を紹介したことも何度かある。自社にとらわれない提案営業をしていくうちに、世話をした見込み客が別の機会に僕を指名して頼ってきたり、また別の見込み客を紹介してくれるようになった。