誰もがたくさんのムダを抱えて仕事している

作業者は動作をじっと見つめられ、結果として、「この作業は1分15秒が標準だ」と告げられる。以降は同じ時間で同じ動作をしなければならない。慣れるまでは窮屈だし、自由を奪われた気持ちになるのだろう。

そして、仕事をしている人間を観察していると、ムダは限りなくある。ただし、やっている方はたとえ上司からでも「それはムダだ」と指摘されると、腹が立つのである。それが人間だし、人間がやっていることからムダを完全に取り去ることはできない。

だが、大野はできるかぎり、ムダをやめて、仕事の本質だけを追求しろと言った。みんな、頭ではわかっているけれど、「そこに部品を置くな」「ネジやボルトをたくさん抱え込んでいるのをやめろ」と言われると、こんちくしょうと思ってしまうのだ。

だが、わたしたちは反発した作業者を笑うことはできない。

現在、日本で働く人間の大多数はやっている仕事を他人からノーと言われたら「コノヤロー」と感じるし、新しいことをやらされるのも決してうれしいとは思っていない。誰もがたくさんのムダなことのうえにあぐらをかいて仕事をしている。それを否定することはできない。

直近の統計では日本の正社員は年間2000時間は働いている。有給休暇の消化率は全産業平均で52.4パーセントだ。年間に与えられた有給休暇を全部、使っている人はどこの職場でもまずいないのである。

いちばん言われたくないことを主張したから叩かれた

一方、ヨーロッパのビジネスパーソン(全就業者が対象)は1300時間から1500時間しか働かない。そのうえ誰もが少なくとも1カ月のバカンスを取る。休暇を取らない人間はおかしな目で見られる。

野地秩嘉『トヨタ物語』(新潮文庫)
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それなのに、IMF(国際通貨基金)の経済見通しによればユーロ圏の経済成長率は4.3パーセントで、日本は3.0パーセント。日本の労働者の仕事のなかにはやたらとムダがある。日本人は勤勉とされているが、効率的な仕事をしているわけではない。

大野はそんな日本人の国民性に挑戦した。トヨタ生産方式を現場に根づかせるために彼がエネルギーを使った点はシステムの説明ではなく、働く者の意識改革だった。

大野は「お前がいまやっている仕事を疑え」と言って歩いたのである。「日本人の働き方にはムダが多い」とも公言した。それで、建前の好きなマスコミ人からは攻撃を受けた。

「労働強化だ」「労働者の人権無視だ」と叩かれたのは、日本人がいちばん言われたくないことを主張し続けたからだった。

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