「かんばん方式」の始まりはただの指示票だった

「いいか、後の工程が引き取りに来ることに慣れてきたから、今後はこれを使う」

そう言って、部品の数量が書かれた30センチ掛ける45センチの板を見せた。それを部品を入れた荷物かごの前面に取りつけた。

大野は手元の紙に図を描いて、周りの人間に説明する。

「できあがった部品にはこのかんばんを付けておく。すると、後の工程の人間が取りに来る」

後の工程の人間は部品をもらったらかんばんだけを外して、前の工程に戻す。前の工程は、かんばんが戻ってきたら、そこに書いてある数量だけ部品を作る。部品ができたら、かんばんを付けて後の工程が取りに来るのを待つ。

要するに、作った部品に指示票が付くというシステムだ。

かんばんという指示票が付いているため、前の工程は、後の工程が必要とする量しか作らない。この時は機械工場から組み付け工場へ持っていく場合だけの、かんばんだったが、全工場へ行きわたるにつれて、かんばんにはさまざまな種類が生まれてくる。

この時、大野は言っている。

「スーパーマーケット方式で流れを作るのが先だった。かんばんを思い付いたのは、その後のこと」

かんばんだけを真似しても現場は混乱する

大野は当初、かんばんという名前が知られるようになるとは思わなかった。ところが数年以上、経ってから「トヨタの現場が変な名前のものを使っている」ことがうわさになり、同業の人間、業界紙の記者が「かんばん方式」と呼び始め、世の中に知られていったのである。

「かんばんという名前が独り歩きしたことに当惑した」

大野は後にそう語っている。

「かんばんは重要だけれど、あくまでジャスト・イン・タイムを実現するための運用手段だ。だから、かんばんだけを真似まねしても現場は混乱する。かんばんを付ける前に工場全体に流れを作らなければならない。また、トヨタ生産方式という考え方を理解しないで、部品にかんばんを付けることには意味はない」

メカニックがブレーキパッドを取り替えている手元
写真=iStock.com/gilaxia
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「かんばん方式」が世の中に取り沙汰ざたされるようになってから、さまざまな解説本が出た。それを読んだ大野は現場に来て、わざわざ部下にくぎを刺した。

「いま、かんばんについてまとめた本がいくつも出ている。私も読んだ。だが、これは実践をやっていない者にはわからん。キミらは実践で学んでいるのだから、私の書いた文章も含めて本は一切、読まんでいい。読んだって理解できんのだから」