作り終わったら「その場で休んでおれ」

複数の機械を操作できる作業者になること、標準作業の設定、アンドンの導入、不具合があったらラインを止めること、後ろの工程が前の工程へ部品を引き取りに行くこと……。

この5つについてはどれも肉体的にストレスがかかる新方針ではない。この5つを導入したからといって、それまでよりも重いものを運んだり、速いスピードで仕事をこなすことを要求されるわけではないからだ。

ある時、後ろの工程の人間が部品を取りに来るより前に、前の工程の人間が荷物かご一杯の部品を作り終わってしまった。前の工程の工長が「このままでは手待ちになるから、もう少し作業をさせて部品を作りたい」と大野に言ってきた。

大野はこう答えた。

「ヒマな者は余分な仕事をしないでいい。その場で休んでおれ。機械の掃除などもしなくていい」

ある幹部が大野の言葉を聞いて、「なぜ、作業者を休ませるのか」と難詰なんきつしたところ、「ムダにコンベアを動かしたら、電気代がかかる」としれっとした顔で答えた。幹部は二の句が継げなかった。

大野が導入したトヨタ生産方式は仕事が忙しくなるわけではない。ムダな労働が減るのだ。

実体はそうなのだが、それでも作業者は反発した。

頭ごなしに怒鳴りつけても生産性は上がらない

では、いったい、どこが気に食わなかったのか?

反発した点はふたつ。

作業者が嫌がった第一は、これまでやっていた仕事に対して、他人からノーと言われることだった。

「ひとつの機械でなく、いくつもの機械を操作しろ」
「ラインの出口に部品を置くな」
「大きなロットで生産するな。なるべく小さなロットで作れ」

人間は自らが現実にやっていることを肯定する。たとえ、ムダが多い作業をやっていても、他人から「やめろ」と言われると頭に来るのである。

トヨタ生産方式の導入とはこれまでの生産風土を否定することであり、意識の改革だ。しかも、作業者が自ら変わりたいと思ってもらわなくてはならない。

大野は毎日、怒鳴りつけて現場を変えたわけではなかった。いくら怒鳴っても、現場がやろうと思わなければ生産性は上がらないのである。

自動車部品を溶接している労働者
写真=iStock.com/Wi6995
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もうひとつ、作業者のかんさわったのは、標準作業を設定するために工長あるいは管理職がストップウォッチを持ち、背後に立って計測することだった。

当時の作業者はまだ職人だ。決められた生産目標に従ってはいたけれど、部品の加工については自分で案配して作業を進めていた。ひとつの仕事にかかる時間が遅くなったら、次は少し手を早めて加工するといった具合に、自分で作業時間を調節していたのである。

そうなると、どうしても品質にバラつきが生まれてしまう。標準作業が必要なのはラインのスピードを決めるだけではなく、品質のバラつきを防ぐ目的もあった。