社長在任中(02~06年)に読んで感銘を受けた3冊と言えば、私はこの本と、ビル・エモット著『日はまた沈む』『日はまた昇る』を挙げます。

いずれの本も、企業のいき方として、表層的なことに惑わされず、自分の信ずる道をしっかり進むべきだということを認識させてくれるものだからです。

『おろしや国酔夢譚』は江戸時代半ばの実話を井上靖が小説化したもの。江戸に米や木綿などを運ぶ船の船頭・大黒屋光太夫が、船の漂流からロシアにたどり着き、約10年かかってようやく日本帰国を果たす物語です。極寒のシベリアを横断して、当時の都ペテルブルグ(現サンクトペテルブルク)に達し、遂には女帝エカチェリーナ二世にも謁見する壮大なストーリーです。

私は、光太夫が異国の言葉や文明と初めて出合う中で、帰国後に自分の国のためになるようにと、常に学び記録する姿勢に感銘を受けました。日本企業や日本生まれの技術が、戦後から今日に到るまで、グローバルな環境の中で苦労しながら頑張ってきている姿と重ね合わせながら読んだものです。

また、光太夫が漂流、極寒、異国という究極的な危機の中で、「生き抜くぞ」と自分自身が強い意志を持ち続けただけでなく、リーダーとして、生存のために仲間たちを厳しく律したり愛情を持って接した姿にも感銘を受けました。

わが社の製品はいまロシアではFA(ファクトリーオートメーション)やエアコンなどが伸びており、サンクトペテルブルクにもオフィスができています。08年春、初めてその地を訪れた私はエカテリーナ宮殿を見学する機会にも恵まれましたが、「光太夫もここに来たのか」と、感慨深いものがありました。