「エリートはなぜ美意識を鍛えるのか」はインパクトがあり過ぎた

【楠木】ところが会社の人事部は、要素分解とかスキル評価が大好きなんですよね。なぜかといえば、人事という仕事は「スキル優先、センス劣後」になりがち。会社組織は商売でパフォーマンスを出すためのもので、人事は組織の最終成果物から最も遠い部署であり、しかも職業領域として相当に確立されている。企業をまたいだ横のつながりがとても強い。「ベストプラクティスの共有」といったことが、かなり進んでいる世界です。

【山口】アカデミズムにおける「学会」のようになってしまうんですね。

コンサルタントの山口周さん
撮影=プレジデントオンライン編集部
コンサルタントの山口周さん

【楠木】おっしゃる通り、人事部は「学会化」するんです。その結果として、スキル評価がどんどん優勢になっていき、センスの評価からどんどん外れていってしまうということが起きやすい。

若い人が会社に入って5年ぐらいはスキルを身に着けることが必要だと思いますが、それ以降は、評価の軸だけでなく、意識とか議論の軸もセンスに移すべきだと僕は思います。アートを見るとか哲学を学ぶとか(笑)。

【山口】みなさん僕の本にだまされちゃって(笑)。

山口周『世界のエリートはなぜ「美意識」を鍛えるのか? 経営における「アート」と「サイエンス」』(光文社新書)
山口周『世界のエリートはなぜ「美意識」を鍛えるのか? 経営における「アート」と「サイエンス」』(光文社新書)

【楠木】山口さんの本(山口には『世界のエリートはなぜ美意識を鍛えるのか?』『武器になる哲学』などの著書がある)にインパクトがあり過ぎたんですよ。ただ残念なことに、山口さんの本の主張とはまったく無関係に、「アートスキルを磨く」などという本末転倒な受け取り方をしている人もいるようですね。美術館は最低でもこことここは見ておかなければいけない、なんて。現代の「スキル化欲求」はそれほどまでに強いということの証しです。

【山口】実は僕、次の本のタイトルを決めているんです。『年収が10倍になるアートの見方』(笑)。

【楠木】いやー、職業生活に終止符を打つような素晴らしいタイトルですね(笑)。ぜひアタマに「5分でわかる」とつけ加えてください。

僕も「コンペに出れば必ず勝てる」という時期があったが…

【山口】われわれの『仕事ができるとはどういうことか?』(宝島社)の中に、電通のCMプランナーだった白土謙二さんの話が出てきます。白土さんは言うまでもなくものすごくセンスのある人なのですが、クリエイターやプランナーといったモロにセンスが出る世界ってとても残酷で、業界のトップランナーを10年以上続けた人はほぼいません。白土さんも例外ではないんです。

彼らは時代の文脈にバチッと合った瞬間に特大のホームランを放って、そこから徹夜徹夜の日々が続くわけですが、たいていの場合4~5年でピークアウトしてしまいます。佐藤雅彦さんだって90年が「ポリンキー」、94年が「ドンタコス」で、現在もCMとは違うジャンルで活躍なさってはいますけれど、さすがに出力が落ちてきた気がします。

全盛期の業界トップのCMプランナーには、おそらく年収5億円を払ってもペイします。なぜなら「○○さんがやってくれるなら100億出してもいい」なんて話を取ってきてくれるからです。ところが4~5年たつと、急激にマーケットバリューが下がってしまう人が多い。僕もコンペに出れば必ず勝てるという時期があって……。

【楠木】俗に言う「ボールが止まって見える」というやつですね。

撮影=プレジデントオンライン編集部
一橋大学大学院教授の楠木建さん