怒るときは指揮命令系統も気にしない。世の中の企業では「頭越しの指示をするな」と決まっているところがほとんどだ。しかし、セコムでは「頭越しに指示を出してもいい」としている。そして、違う指示が出た場合は、上位者の指示に従うことと決めてある。

頭越しの指示を許容していたのはセコムがベンチャーだったからだ。若い組織でないと、そうしたことはできない。普通の企業なら、中間管理職が「オレはそんな指示は聞いてないぞ」とぐちゃぐちゃ言ってくるに違いない。政府の会議で座長をやっていたとき、官僚組織は絶対に頭越しの指示をしないことに気づいた。組織が老いてるからだ。

「男はしゃがむな」「ため息をつくな」

セコムには事業と運営の憲法がある。

「正しいことをやる。間違ったことはやるな」「正しいとは会社にとっての正しいではなく、社会にとっての正しさだ」。

経営者としてそういった正論を吐いてきたから、私は社員が胸を張ってやれる仕事だけを選んできた。また、うちには現場にパートはいない。パートを雇っていた時代もあったけれど、あるときから全部やめた。正社員とパート社員が混在していたら、セキュリティの質を保つことができないと思ったからだ。

セコムの憲法を決めたとき、私の頭には親父やおふくろから言われたことがあった。親父は「煙草をのむ煙管も嫌い」というくらい、曲がったことが嫌いな男だった。子どもの頃、道路にしゃがんだら、「男はしゃがむな」と怒られた。親父は「しゃがんでるやつは顔つきがだらしない」と言っていた。おふくろからは「ため息をつくな」と。以来、私は一度もしゃがんだこともなければ、ため息をついたこともない。教育ってのは、つまりはしつけだ。

結局、部下の育て方なんて、いくつもの方法があるわけじゃない。部下を信頼することしかない。経営者や幹部でありながら社員を信頼できないなんて、大変な不幸だよ。信じきることが部下を育てることだ。

(野地秩嘉=構成 和田佳久=撮影)