「必要がないとき」がベストタイミング

Whatよりもさらに重要なのがWhenです。Whenを誤ると、どんなに良いWhatをやっても成果が出ないからです。

本業転換に成功した企業と失敗した企業を比較すると、Whenの見極めで大きな差が見られます。成功した企業は、まだ本業転換を本気で迫られていない時期、つまり転換の必要がないときに、後の本業につながる新事業に取り組み始めています。

なぜ「必要がないとき」に始める必要があるのでしょうか。新事業に取り組むには、①組織の柔軟性(本業の衰退を察知できる「センシング力」と新しいことに「組織を動かす力」)と、②キャッシュフローの潤沢性(財務的な余裕)の2つが重要です。「必要がないとき」というのは、本業がまだ好調なため、この2つともある時期です。本業転換に成功した企業は、そのタイミングで新事業を始めています。

そのタイミングを逃すと、本業が衰退する中、組織の柔軟性もキャッシュフローも低下するため、新事業をやるにしても、すぐに利益を上げられる事業しかできなくなってしまいます。そのような事業は他社も参入しやすいため、すぐにレッドオーシャン化します。自社の独自性が活かせ、他社が追随できないような事業を育てるには、「必要がないとき」に始めるのが一番です。

図は、組織の柔軟性とキャッシュフローの潤沢性を組み合わせ、本業転換のタイミングを示したものです。象限Dは創業間もないスタートアップ企業のように、資金の余裕はないものの、新事業にチャレンジする力は十分保有している状態です。象限Bは、成熟分野の優良大企業のように、十分なキャッシュフローを持つが、長く本業を続けてきたことから、経営層に起業経験のある人はほとんどいなくなり、本業を守ることのほうが得意な状態です。認識の遅れが生じやすくなります。

象限Cは、本業が衰退期に入り、かつ資金も枯渇してきたため、長期や巨額の投資ができない状況です。本業転換のためには、事業売却や会社解体のような大手術しか手がなくなってきます。象限Aは、長期の大型投資にも耐えられ、社内にも起業する力が残っている状態で、本業転換のベストタイミングと言えます。

「必要がないとき」に新事業を手がけて本業転換に成功した企業の1つにリクルートがあります。同社は今でこそウェブ事業が中心ですが、もともとは紙媒体の雑誌がメインでした。ウェブを始めた時期は、まだ雑誌が売れていた時代です。当時社内では、ウェブ事業を行うことは既存事業の利益を奪う「カニバリゼーション(共食い)」だとしきりに言われていましたが、それでもそのタイミングで始めていなければ、今頃はウェブの新興企業に取って代わられていたかもしれません。

M&Aや売却などで事業転換を行う欧米企業と違い、日本企業が本業転換を成功させるためには、新事業を育てるために一定の時間がかかります。本業の成熟を見逃さず、本業が良いときにこそ、本業転換の準備を始めることが何よりも重要です。

(構成=増田忠英)
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