強いブランドは、自己否定も困難にさせてしまう

ソニーもセイコーも、その根底には、「自分たちがやれば、何でもできるはずだ」という全能感があったのだと思います。そのため、事業範囲をどんどん拡張していきました。かつてはそれでもよかったのですが、

テクノロジーが高度化した現在は、特定の領域に資源=投資を集中することが重要になっています。ところが、ブランドが強くなると、それまで自分たちが広げてきた事業分野を否定することも難しくなります。強いブランドは、自己否定も困難にさせてしまうのです。結果として、卓越したイノベーションに継続的に集中できなかったと考えられます。

こうした症状に陥らないためには、ブランドが強くなるほど、全能感の問題が生じること、またそれが「人間の本性」に由来するために当たり前であることを自覚することが重要です。

自分と会社を、同一視していないか

ブランド全能感をうまく回避しているのがグーグルです。同社では、常に世界を変えるようなプロジェクトを立ち上げ、それによって優秀な人材を雇い、革新的な製品を生み出すという循環を維持することによって、全能感に陥ることなく、グーグル・ブランドを常に発展させています。

相模屋食料を日本一の豆腐メーカーに導いた社長の鳥越淳司氏は、雪印乳業が集団食中毒事件を起こした当時、同社の営業社員として関西エリアの被害者を見舞う仕事をしていました。鳥越氏は雪印時代を振り返り、自著の中で、「自分が誇っていいのは、自分がやってきたこと、自分にできること」だけだと語っています。

ブランド企業に勤めていると、つい自分と会社を同一視してしまいがちです。強いブランドは、過去の栄光と実績によって形づくられてきたものです。そのブランドを継続させていくためには、経営者も従業員もブランドを笠に着ることなく、ブランド全能感の問題解決に意識的に取り組んでいくことが必要でしょう。

田中 洋(たなか・ひろし)
中央大学大学院 戦略経営研究科 教授
京都大学博士(経済学)。日本マーケティング学会会長。専攻はマーケティング戦略論・ブランド戦略論・広告論。電通でマーケティングディレクターとして21年間実務を経験。2008年より現職。近著に『ブランド戦略論』など。
(構成=増田忠英 写真=時事通信フォト)
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