変身するために「何を組み換えるか」

【臼井】今日は特に、小池社長にお聞きしたかったのは「企業の変身力」についてです。国内中心のミシンや編み機のメーカーから、グローバルで展開するメーカーになりました。そして現在は、これまでのBtoC(企業対消費者)からBtoB(企業対企業)へと、主力業態の組み換えをされている。これだけの既存事業があるなか、何を精査して「次の一手」を打たれるのでしょうか。

【小池】基本的な視点では「技術の延長」「販売チャネルの延長」でできるか。それから近しい分野でチャンスがあるかでしょう。BtoCのプリンティング事業は既存事業ですが、英国ドミノ社のBtoBのプリンティング事業はこれに該当します。ただ、この会社が、現在のように国内売り上げ構成比率が下がった原因は、ミシンや編み機の「訪問販売」なんですよ。

ブラザー工業の小池利和社長

【臼井】かつては「嫁入り道具」で、私の母親も使っていました。

【小池】直営店や特約店を合わせて、日本全国に1500店ほど展開し、約2万人のスタッフがいた。毎月数千円を積み立てて、一定額になればミシンが手に入る――。前金なので運転資金の借り入れもしなくてよく、戦後から高度成長時代まではうまくいったビジネスです。でも日本人の生活が豊かになり、既製服も増え、キャッシュで商品を買える時代になると厳しくなった。そうした端境期に入社した私は、会社の業態転換も自ら体験しました。

【臼井】小池さんの奮闘もあり、米州事業が成長して業態転換も果たされました。

【小池】会社って、急に明日から悪くなるわけではなく、3年、4年とジワジワ悪くなっていく。今のプリンター事業もそうです。現時点では主力事業ですが、年々、消費者は紙に印刷しなくなっている。そうなるとインクやトナーの消耗品も売れなくなるので、4~5年前から社内で危機感をあおり、技術や販売チャネルが共通する会社のM&A(買収)も行いました。新規事業の育成と合わせて、次の業態転換を図っているところです。

【臼井】技術や販売チャネルの延長、そしてM&Aも行い、勝てる道を探るわけですね。

課長になれない人、役員になる人

――最後に、人材登用についてお聞きします。出世したい・したくないは個人の価値観もありますが、「課長になれない人」や「役員になる人」の違いは何だと思いますか。

【臼井】「能力」よりも「意識」の問題が大きい。どんな人でも意識が変われば、課長も部長も、努力すれば社長にだってなれます。ただ「出世」の基準が昔とは変わり、同じ会社で昇格する"出世"もあれば、独立起業して経営者になる“出世”、好きなことを仕事にしてワーク・ライフ・バランス(仕事と生活の調和)をめざす"出世"もあるでしょう。

一方で職種によっては、今後ITや人工知能にとって代わられるものも多い。

【小池】「ITや人工知能の進化で、将来はこれだけ仕事がなくなる!」という記事もよく見かけますが、メディアがあおるほど、そんなに次々に今の仕事がなくなるとは思えません。

【臼井】職種によるでしょうね。

【小池】企業人として出世したいのなら、仕事に対する当事者意識と、先を見つめる目も必要だと思います。私は「この会社は自分が(社長として)やらないとダメになる」と、新入社員時代から危機感を持っていました。当時の経営陣も同じ意識でいたので、業態転換もできたのですが……。現在の私は、日々の業務のPDCAサイクルを回しながら、「この会社が将来生き残るために何をすべきか」を考え、施策を打っています。

【臼井】先ほど「意識」と言いましたが、「当事者意識の高さ」ですね。出世する人は、若いうちから日常業務をきちんとこなしつつ、課長や部長の目線で考えています。

【小池】企業の競争もそうですが、個人も「他人と同じことをしていては勝てない」。立場が変われば、交流する相手も変わります。山の上のように“見える景色”が変わるのです。