なぜ国会の小泉進次郎氏がこの問題にこだわるのか

小泉進次郎さんが提言した「こども保険」が世間を賑わせている。さすが小泉さんだ。このように世間を賑わせ、考えさせ、議論させることが政治家の仕事の柱の一つ。この過程で当然小泉案は批判を受けるけど、批判を受けない提言なんて屁のツッパリにもならない。ガーンと世の中にメッセージを発して世の中を動かす。ここが政治家と学者との違いなんだよね。

ただし、僕はこども保険には大反対だ。理論的にもそして政治的にもね。

まず小泉さんのこども保険は、小学校に就学する前の子供を対象に給付金を支給する案のようだ。これによって就学前の子供の保育料・幼稚園料が実質無料に近づくらしい。

子育て世帯を応援すること自体は絶対に必要だ。特に就学前の子供を抱える若い夫婦を経済的にサポートしてあげないといけない。でも保育園や幼稚園の保育料・幼稚園料を無料にすることなんて、国(中央政府)がお金を作らなくてもすぐにできることなんだよ。

保育所や幼稚園の仕事は地方自治体、特に市町村の仕事と位置付けて、就学前の子供は希望すれば保育所でも幼稚園でも全員無料で入れるようにする。これを法律で定めればいいだけなんだ。

今、公立の小学校・中学校には子供たち全員が無料で入学できる。これは教育基本法5条4項(無料)や学校教育法38条・49条(小中学校への全員入学)が定めているから。日本は法治国家。法律で定めれば行政はそれを是が非でもしっかりと守る。

日本の政治・行政は明治維新による中央集権体制をそのまま引きずって現在に至っている。だから国の仕事と地方の仕事の整理・区分けがしっかりとできていないところがある。たとえば安倍首相は国会で「待機児童ゼロ」の実現を約束したよね。でも、待機児童問題のような住民に身近なサービスを国が扱うなんて、そもそもおかしいんだよ。保育所や幼稚園の問題は、住民生活と密着した市町村が責任を負うべきもの。

そしてこれだけ待機児童問題が騒がれ、国も地方も待機児童ゼロを目標にしながら、なぜそれが解決しないかと言えば、それは地方自治体が法的な義務を負っていないから。だから地方自治体は死に物狂いでやらないんだよね。地方自治体の長、つまり市町村長は有権者に対してきれいごとを言って選挙で勝つことを優先してしまう。

これに対して義務教育はどうか。学校教育法38条や49条によると、市町村はその域内の子供たち全員を就学させるために小学校・中学校を設置しなければならない法律上の義務を負わされている。だから定員がいっぱいで小学校・中学校に子供が入れないという事態は生じない。すなわち小中学校の世界では、待機児童の問題なんて全くない。

ということは、小中学校と同じように、域内の子供たち全員のために市町村は保育所・幼稚園を確保しなければならないと法律上義務化すればいいだけ。幼稚園は定員に十分余裕があるようなので、特に保育所の確保を市町村の義務とする。どうやって確保するかは、それぞれの市町村の知恵の絞りどころだ。ここで一定、国全体の標準ルールを定める必要があるにせよ、できる限り市町村の裁量を認めることが待機児童問題解決のための《核心的問題点》なんだ。

なんで国会議員の小泉さんは、就学前児童の問題にこだわっちゃったんだろう? おそらく地方の仕事の現状について認識が弱いことと、国と地方を合わせた日本の行政機構の在り方全体に対するビジョンをまだ持ち合わせていないのだろう。

これはある意味仕方がない。組織の在り方を本当に意識し始めるのは、その組織を運営・経営した後からだ。彼はまだ行政機構を動かしたことがないから、この行政機構の在り方についての問題の本質をつかめていない。今は個別の政策を勉強することで手一杯なんだろう。

少子高齢化を迎え、財政的にはさらに厳しくなるこれからの日本の中心的な課題は、国と地方がいかに仕事を役割分担していくかということだ。すなわち戦略的・効率的な行政機構の運営。国は国の仕事に集中する。地方は地方の責任で地方の仕事をきっちりと完遂する。両方にまたがる仕事は国と地方で強力な協調関係を構築する。さらには明治維新以来続いている現行の都道府県制・市町村制を抜本的に見直す。

このように戦略的・効率的に行政機構を再構築・運営する視点を持たない限り、公務員も予算も無限に必要になってしまう。

だからこそ「保育園や幼稚園の仕事は国の仕事じゃない。それは地方の仕事だ! 国が金を用意する話じゃない。地方で金を用意しろ。国に待機児童解消のために用意する金があるなら、それは国が本来やるべき仕事に充てる」と言い切る国会議員が増えなきゃいけない。ところが、待機児童解消は有権者の好む政治的フレーズで選挙の得票に有利になると感じているのか、永田町・霞が関という国政の場では待機児童解消のために予算拡大するという話が声高にアピールされる。これは滑稽きわまりないね。

就学前児童の問題は市町村の仕事。高校は都道府県の仕事。もし国会議員が教育支援のためにお金を用意するというなら、それは大学の領域なんだよ。

※本稿は、公式メールマガジン《橋下徹の「問題解決の授業」》vol.55(5月23日配信)からの引用です。もっと読みたい方はメールマガジンで!! 今号は《僕は「こども保険」に大反対!待機児童問題の本質を論じます》特集です。

(撮影=市来朋久)
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