頭でっかちの政治家や官僚そして専門家と称する者が陥りやすい罠は、普通の市民の生活を想像せずに理屈ばかりで考えてしまうこと。

米朝が開戦したらソウル市民の暮らしは一発で吹っ飛ぶ!

北朝鮮情勢が引き続き緊迫している。核兵器と弾道ミサイルの開発をやめない北朝鮮に対し、アメリカのトランプ大統領は大規模な軍事衝突もあり得ると警告した。もしアメリカが攻撃に踏み切れば、韓国はもとより日本へも北朝鮮のミサイルが飛んでくる可能性は高い。

北朝鮮の核兵器保有を阻止すべき! というのは誰でも言える。今の日本の自称インテリも口を開けばこればっか。じゃあそれを実現する過程においてどのような犠牲を甘受しなければならないのか、どのような究極の判断を迫られるのか。これら実行プロセスを念頭においた具体的な指摘は日本のメディアでもほとんど聞かないね。

これは自称インテリが、課題を実際に解決することを考えずに、とにかく口だけでかっこいいことを言うことに力を割いている証。実際に権力というものを行使した経験があれば、口でかっこいいことを言うだけでなくどう実行するかが重要で、そして実行するにはいくつもの究極の判断を次から次へと迫られることを十分に知っている。ゆえに僕は実行する者の視点で、メルマガ《橋下徹の「問題解決の授業」》を中心に、この北朝鮮問題についていろいろと論じてきた。

権力を行使する際に最も重要なことは「普通の市民の生活を常に想像すること」。頭でっかちの政治家や官僚そして専門家と称する者が陥りやすい罠は、普通の市民の生活を想像せずに理屈ばかりで考えてしまうこと。政治って結局、市民・国民を幸せにしようというものなのに、専門家ばかりで議論するとこの市民・国民が抽象化されてしまうんだよね。

市民・国民を抽象化した議論がいかに危険なものかは、僕も知事・市長時代に山ほど経験したよ。市民・国民が抽象化されると、理想の「あるべき論」が簡単に採用されてしまう。市民・国民の生活を具体的に想像すると、理想は確かにそうなんだけどでも市民・国民の生活のことを考えるとそこまではできない、と歯止めがかかる。

権力の行使って、理想と現実の本当に悩ましい綱引きなんだよね。

それでも僕も理想を実現するために、市民の生活をある程度犠牲にしたことは山ほどある。それでも現実の市民生活を具体的に想像しながら、その犠牲は已むを得ないと判断してきたつもりだ。

そもそも知事、市長の仕事レベルでは、市民生活の犠牲といってもだいたいが補助金絡み。それによって生活が苦しくなった、不便になったということもあるだろうけど、それでも市民生活を根本的に破壊したということはないと認識している。もちろん僕の判断について反対意見があることも承知している。

ソウルの街並み

ところが、今回の北朝鮮問題はその判断を一歩間違えれば、多くの市民生活を根本的に破壊する。そしてそんな問題なのに、日本の政治家の議論やメディアでの自称インテリの議論を見ていると、犠牲になるかもしれない現実の市民生活を想像せずに、抽象的な理想論だけ展開されているように感じた。

特に、一部自称インテリの「北朝鮮の悪行を止めるためには、一部の犠牲があっても仕方がない」という主張を聞いて、こいつらは本当にその一部の犠牲のことをしっかりと想像した上でしゃべってんのか? と怒りを覚えるとともに恐ろしくなったよ。

それで僕自身、日本であーだこーだ口ばっかりで議論してても仕方がないから、韓国のソウルに来たんだ。もともとは韓国大統領選挙の状況を見るために予定していたんだけど、アメリカの北朝鮮攻撃によって最も被害を受けるだろうソウル市民の現状をレポートすることを柱にしてね。

日本で今行われている議論なんて大して難しい議論じゃない。結局は理想を実現するためにどれだけ犠牲を甘受するのかっていう究極の判断、優先順位付けの話。だから、アメリカの北朝鮮攻撃によって生じる被害・犠牲というものをしっかりと具体的に頭に入れてから日本の採るべき行動について議論しろよな! という思いを込めたんだ。

今日は4月29日。トランプ氏と金正恩のチキンレースの真っ只中。そしてたった今、金正恩がミサイル発射実験をやった。やっぱり正恩はやってきたな。いつ内部で暗殺されるかも分からないあの独裁体制の中で若くしてトップを張ってきた金正恩。チキンレースでは退かないだろう。じゃあ、ここでトランプ氏や安倍首相もチキンレースで負けないようにいよいよ北朝鮮を攻撃するのか。いや、それはバカげている。

北朝鮮は何とかしないといけない。だけどその隣の韓国で、そしてここソウルで、我々と全く同じ普通の市民が普通の暮らしを営んでいる。皆、自分の人生を一生懸命に、そしてささやかな幸せを感じながら歩んでいる。ここでトランプ氏と安倍首相が北朝鮮を攻撃したら、この普通の市民の普通の暮らしが一発で吹っ飛ぶ。

そのことによって得られるものは北朝鮮の核保有の阻止。確かに北朝鮮の核保有を阻止することは国際政治の安定にとって大きな利益だ。しかしそもそもここまでの状態を作ってきたのもこれまでの国際政治。ある意味、これまでずっと続いてきた国際政治の結果とも言える。それをついこないだアメリカの大統領になったばっかりのトランプ氏が一気に変えよう、改善しよう、自分の思い通りにしようと思っても無理がある。大阪府政や大阪市政の改革によって生じる犠牲とはわけが違う。

真の強者はチキンレースからいったん降りる。そしてここまでの状態になってしまった原因を追究し、さらに状況が悪くならないように対策を講じる。今回の理想の実現は補助金給付改革などのお金の問題ではない。そのことによって市民の暮らしが全て吹っ飛ぶリスクがある。犠牲を覚悟した上でこれまでの事態をすべて一気にひっくり返すなんていう理想の実現を、わずかな数の政治家が挑戦していいはずがない。

北朝鮮が核保有したとしても、それに対してさらなる状況の悪化がないように手立てを講じる。これこそが、これまでの事態を引き継いだ政治家、トランプ氏と安倍首相の使命だ。

アメリカとしては、北朝鮮が核兵器を持つことは東アジアのそして世界の勢力均衡を崩すことになると考えているのだろう。しかし本当にそうだろうか。すでに米ロ英仏中の5大国が核兵器を持ち、インド・パキスタンが核実験を行った。北朝鮮は国力としてはそれほど大きくなく、中国・ロシアという核兵器保有国に睨まれた地政学的位置にある。このような状況下で北朝鮮が核兵器を保有したところで直ちに東アジアのそして世界の勢力均衡が著しく崩れるとは思えない。

むしろアメリカの攻撃によって金正恩体制が崩壊することの方が、東アジアの勢力均衡を崩してしまうのではないか。朝鮮半島というところは歴史を振り返ってみても、常に各勢力がぶつかる最前線となっていた。ここで北朝鮮が崩壊すると、中国・ロシア・韓国、そして日本・アメリカの勢力関係に著しい変化が生じて不安定になるリスクが高まる。何よりも金政権の後に安定した政権が樹立される保障も全くない。

つまり日本や韓国がミサイル攻撃を受けるほどのリスクを負いながら、アメリカが北朝鮮を攻撃するとしたら世界秩序にとってかえって害なんだ。ゆえに北朝鮮が核兵器を持つことを阻止するためだけに、日本や韓国がミサイル攻撃を甘受する理由は全くない。

仮に北朝鮮が核兵器を保有した場合でも東アジアの勢力均衡が保たれればいいんだ。北朝鮮が核兵器を保有したことで現在の勢力均衡に多少の変化が生じても、それは十分に是正することができる。その方法は日本の自衛力の強化だ。もちろん韓国も中国もロシアも、そしてアメリカも自衛力を強化してバランスをとりにくるだろうが、日本もしっかりとバランスをとればいい。今話題になっている敵基地攻撃能力をはじめ、北朝鮮が核兵器を保有した場合に日本の自衛力はどうあるべきかを前号で述べた核ヘッジングを含めてしっかりと考えればいい。

北朝鮮が核兵器を保有したとしてもまだ東アジアの勢力均衡を保つ余地がある。そしてそもそも北朝鮮が核兵器を保有したことだけでは具体的な武力攻撃そのものではなく、日本や韓国の市民生活が直ちに崩壊するわけではない。にもかかわらず、北朝鮮の核兵器保有を絶対的に阻止するためだけに北朝鮮を攻撃し、日本や韓国がミサイル攻撃を甘受するなどアホらしい。

今、トランプ大統領が行っている北朝鮮への圧力は、周辺国を巻き込みながら、金正恩と対話し譲歩を引き出すための環境作りのところで絶対的に留めるべきであることを日本国民はしっかりと認識すべきだ。

※本稿は、公式メールマガジン《橋下徹の「問題解決の授業」》vol.53(5月2日配信)からの引用を中心に構成しました。もっと読みたい方は、メールマガジンで!! 今号は《[開戦危機!ソウルで考える]米日の政治家、何よりも日本国民はソウルの普通の市民生活を想像しろ!!》特集です。

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政界に突然彗星のごとく現れた男は、大阪の何を変え、誰と戦い、何を勝ち得たのか。改革を進めるごとに増える論敵、足を引っ張り続ける野党との水面下での 暗闘をメルマガ読者だけに完全暴露し、混迷が続く日本経済、政界の指針を明確に指し示す。政治家、弁護士、そして、7人の子どもを持つ親として、読者から の悩みごと、相談に、ズバリ答えていく。大物との対談も掲載!