一方のPSAは赤字続きだったが、14年にCEOに就任したカルロス・タバレス氏の下でブランドの選別、生産・調達コストや販管費の削減などのリストラを積極的に進めて15年には黒字化を成し遂げた。実はタバレス氏は13年8月までルノーでCOO(最高執行責任者)を務めていて、ゴーン氏の有力な後継候補と目されていた。しかしマスコミのインタビューでトップへの野望を口にしたことがゴーン氏の逆鱗に触れてCOOを更迭された、と言われている。真相は不明だが、タバレス氏は32年務めたルノーを去り、ゴーン氏が一目置いていた経営手腕に目をつけたPSAがすぐさまCEOに迎え入れた。ゴーン氏の日産改革の手法を間近で見てきたタバレス氏がPSAで同じようなリバイバルプランをやってみたら、見事に息を吹き返したのだ。

そして今度は反転攻勢に打って出るべく、冒頭のようにPSAはオペルの買収を決めた。同時にマレーシアの自動車会社プロトンの買収にも動いている。しかしこうした赤字・低迷会社のM&Aで台数だけ伸ばしてもPSAの活路が開けるのかといえば、疑問符が付く。オペルはGMがいくらてこ入れしても再生できなかった会社であり、ラインナップ的にも魅力的なクルマに乏しい。プジョー、シトロエン、オペルには2つの共通項がある。一つは世界で売れるクルマがないこと。もう一つは人員過剰だ。PSAはオペル買収によって部品調達の共同化によるコストダウンや生産設備の集約化などのスケールメリットを見込んでいるのだろうが、統合しても売れるクルマが増えるわけではない。一方でオペルもPSA本体も人員過剰だから大規模なリストラは避けられない。組合はもとより地元自治体や政府との交渉も難航が予想されるので、適正水準にしていくまでに相当な地獄を見るだろう。プロトン買収にしても、マレーシアの自動車市場は50万~60万台規模しかない。プロトンの低価格車を世界に売ろうとすればマーケティング力が必要だが、PSAにそれがあるかどうかも実証されていない。マレーシアを東南アジアの輸出拠点にしていく算段もあるようだが、今や東南アジアで最大の自動車生産国はタイだ。日本の自動車および部品メーカーもこぞってタイに生産拠点を構えていて、国外における日本車の生産台数で見ればアメリカに次いで2番目に多い。東南アジアの自動車輸出基地といえばタイなのだ。かつて三菱がマハティール首相と組んで国民車サガを生産していたが今は見る影もないプロトンを買収してもインパクトは感じない。

買収は愚策(PSAグループのカルロス・タバレスCEO)。(AFLO=写真)

オペルやプロトンを買収してPSAの世界シェアが何位になろうが、そもそも既存の自動車業界の将来は暗い。以前にも指摘したが、今後、クルマの世界では3つのことが起きる。第1はシェアエコノミーだ。パーク24などで見かける簡便なシステムで使いたいときだけ使う、あのやり方だ。これで車の所有者は30%減る可能性が指摘されている。2つ目は電気自動車(EV Electric Vehicle)化である。世界的な環境規制強化の流れの中で、二酸化炭素や窒素を吐き出す内燃機関のガソリン車は隅に追いやられて、クリーンなEVが主流になってくる。たとえば米カリフォルニア州は50年頃までにすべてのクルマをEVか燃料電池車に置き換えることを目標にしていて、自動車メーカーに対してEVなどの低公害車を一定の割合で販売するように義務づけている。同様の規制は全米各州に広がりつつあるし、ヨーロッパでもオランダが25年までにガソリン車とディーゼル車の販売を禁止する法案の検討に入るなど環境規制が強まっている。自動車販売台数世界一の中国でもEVとプラグインハイブリッド(PHV)の購入にしか補助金を出さないなど、EV化を強力に推し進めている。