なぜリーマン・ショックを引き合いに出したか

この発言に対して「危機とは言えない」(キャメロン英首相)、「今は危機ではない」(オランド仏大統領)と各国首脳から反論が相次いだ。リーマン・ショックを一国のリーダーとして経験済みのドイツのメルケル首相は「世界経済はそこそこ安定した成長を維持している」と真逆の認識を記者団に語っている。財政規律派のメルケルにとって、安倍首相の戯言に基づいた財政出動などありえない話だ。つまり安倍首相の世界経済に対する現状認識と各国首脳の認識はまったく一致していないのだ。そもそも責任ある立場の政治家が「リーマン・ショック前の状況に似ている」などと軽々しく口にするのは恥ずべきことで、これがメルケル首相やラガルドIMF専務理事の発言ならマーケットはパニックを起こしかねない。安倍首相は自分には影響力がないことを自覚しているのか、そうでなければ恐るべき鈍感力だ。

08年のリーマン・ショックの引き金になったのは、アメリカの住宅バブル崩壊とサブプライムローンの焦げ付きだ。安倍首相が示した資料は今日の世界経済にサブプライムのような巨大な信用不安を生み出すリスクがあるかどうかの分析をまったくしていない。都合のいい指標を見繕ってリーマン・ショックのときに似ているという、いわばこじつけた“状況証拠”だけで危機を煽ったにすぎない。

各国首脳から否定されたにもかかわらず、安倍首相は「危機感は共有された」と強弁して、サミットを締めくくるプレゼンテーションでも「リーマン・ショック」を連呼した。なぜ「リーマン・ショック」を引き合いに出したがるのか。

「世界経済が着実に成長する中、安倍が説得力のない08年との比較を持ち出したのは、安倍の増税延期計画を意味している」と英紙フィナンシャル・タイムズは指摘している。

安倍首相は消費税率の10%への引き上げを再延期する条件として、「リーマン・ショック並みの世界経済の危機」と「東日本大震災クラスの大災害の発生」の2つを挙げていた。激甚災害に指定されたとはいえ、熊本地震は東日本大震災クラスとは言えない。となれば再延期の条件は一つしかない。サミットで安倍首相が示した資料は、首相の意向を受けて側近と経済産業省の一部幹部の間で極秘に作成されたという。増税派の財務省や自民党幹部に知られないように用意していたというから、最初から結論ありきの資料だったとしか思えない。