革新的な開発のカギは意識改革にある

『ロマンとソロバン』(宮本喜一著・プレジデント社刊)

この回転部品の軽量化と機械抵抗の減少は、さらに、従来のディーゼルエンジン以上の高回転を可能にする。従来は毎分4000回転程度だったものが、5000回転以上にまで上昇させられるため、高速走行でも軽快な運転感覚が得られるようになった。つまり、従来の“高速域が苦手”というディーゼルエンジンの弱点の克服にもつながったのだ。

ディーゼルエンジンの圧縮比14という低圧縮化に成功したことによって、マツダのエンジニアは、「動力性能の向上には高圧縮比の維持が必要、ただし高圧縮にすると環境性能の向上が困難になる」というディーゼルエンジン開発における常識的な二律背反の技術課題に一気に答えを出した。

ディーゼルエンジンの低圧縮化によって、以下の4つのメリットが生まれた。
(1)NOxの除去装置を文字通り“除去”、消費者の維持コストも同時に削減。
(2)エンジン本体の軽量化と同時に、(1)の除去装置の廃止に伴う一層の軽量化。
(3)(2)がもたらす全速度域における軽快な運転感覚。
(4)車両価格が高いというディーゼルエンジンの負のイメージを払拭。

このエンジンは、2014年9月に施行されたこれまでで最も厳格といわれているEUの排気ガス規制ユーロ6を、NOxの除去装置なしでクリアしている。これはマツダのエンジンだけにしかできない芸当だ。したがって、マツダに限っては、あのフォルクスワーゲンのようなスキャンダルが生まれる可能性は全くない。

さらに、今回の国土交通省の路上走行試験の関連で述べれば、これまでのような台上の排気ガス規制規準の認証だけではなく、実走行時の排気ガス規制規準を設けることが必要だ。それが真の意味で地球環境保護に資することにつながるし、さらには消費者の利益にもなるはずだ。逆に言えば、環境保護の観点から消費者はどんな乗用車を選ぶべきかをこれまで以上に考えるべきだろう。これは、排気ガス規制の数値だけではなく、燃料消費率の測定方法にも、台上の測定だけではなく、実走行時の燃料消費の計測も必要だということを示唆している。

マツダのSKYACTIV技術を主導してきたマツダ常務執行役員の人見光夫は、開発における技術課題を克服するカギを握っていて、それを克服すれば関連する課題の多くが同時に解決する開発対象を、ボーリングにたとえて「一番ピン」と呼んでいる。“圧縮比14の達成”こそ、まさにこの一番ピンだった。これによって、動力性能の向上と排気ガス浄化性能の向上の両立が実現したと言ってよいだろう。

マツダのエンジニアがこの一番ピンを狙って開発に取り組んだプロセスは、もちろん簡単なものではなかった。2006年に着手してから、試作車をまとめあげそして走行試験で完成のメドがたつまでに、4年の歳月が必要だった。そして製品化にはさらに2年が費やされた。

今回の国土交通省による路上走行試験は、このマツダの開発活動がムダではなかったことを証明している。

こうしたマツダ独自のディーゼルエンジン開発にあたって、最大の難関は何だったのか? この質問に対して寺沢からの答えはこうだった。

「本当にそんな低圧縮のディーゼルがものになるのか? と疑ったエンジニアが社内にはたくさんいましたよ。無理もないと思います。それだけに、そうした既成の意識との戦いが最も厳しいでしたね」

革新的な開発のカギは、意識改革にある。

マツダのディーゼルエンジン、SKYACTIV-Dもその意識改革の産物のひとつだろう。

(文中敬称略)

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