2016年2月15日(月)

企画2カ月でスマホ発売! 孫正義を射抜いた女子社長【2】 -対談:UPQ社長 中澤優子×田原総一朗

田原総一朗の「次代への遺言」

PRESIDENT 2016年1月4日号

村上 敬=構成 宇佐美雅浩=撮影
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携帯電話をつくりたくて入社したカシオが、携帯事業から撤退。それを機に退職。カフェを経営しながら、2015年、家電メーカーを立ち上げた。発売初年度からビックカメラが全店で展開する、ものづくりの秘密に迫る。

ハッカソン参加でモノづくりの世界へ

【田原】その後ものづくりの世界に戻ってきた。経緯を教えてください。

【中澤】カフェの経営が夢だったわけではないので、次のステップについてはずっと考えていました。そのときにお店の常連さんから誘っていただいたのが、au未来研究所が開催するハッカソンです。

【田原】ハッカソンって何ですか。

【中澤】電子工作のイベントです。アイデアを持った人や技術を持った人が集まって、おもしろいと思うモノを2週間くらいかけてつくります。私たちは電気の通ったお弁当箱をつくりました。食べている人がつまらなさそうだったらお弁当箱が青く光ったり、震えたりするんです。

【田原】ハッカソンというイベントで製品化までやるわけですか。

【中澤】ハッカソンでつくるのは、あくまでもプロトタイプです。ただ、それで終わらせるのはもったいないので、商品化を視野に入れて経済産業省の「フロンティアメーカーズ育成事業」というプロジェクトに応募し、採用されました。プロジェクトは今年の4月に終わりましたが、6月に入って、プロジェクトの指導員だった家電ベンチャーCerevoの岩佐琢磨さんが、「もうものづくりはやらないの?」と声をかけてくださった。それで「じつは携帯電話をつくりたいんです」と答えたら、「じゃあ、工場を探しにいこう」といきなり中国に連れていかれました。

【田原】ということは、そのときはもう家電ベンチャーをやろうと思っていたわけね。じつは今日一番聞きたいのはそこです。最近の若い人はネットで起業しますね。ネットだとお金がかからず、参入障壁が低いからです。一方、家電は部品や工場、倉庫を用意しなくちゃいけない。何も持っていない人には厳しいと思いますが、中澤さんはどうして自分ならできると思ったの?

【中澤】カシオのときもODMでやっていたので、自社で工場を持ってつくっていたわけではありません。ODMのスキームを使えば、私でも何とかなるかなと。

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