2016年2月4日(木)

小学校から毎日発明! 特許案2万超の異端児【2】 -対談:NejiLaw社長 道脇裕×田原総一朗

田原総一朗の「次代への遺言」

PRESIDENT 2015年12月14日号

村上 敬=構成 宇佐美雅浩=撮影
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2000年におよぶネジの歴史を覆す「緩まないネジ」。経済産業省の支援事業に選ばれ、海外からも問い合わせが相次いでいるという。開発したのは、10歳で小学校を自主休学した異色の起業家だった――。

自分のバカを克服したかった

【田原】その後、道脇さんはアメリカに留学します。

【道脇】自分のバカを克服するために、大検を受検しました。合格したものの、やっぱり日本の大学は馴染めそうにない。それで、母がかつて共同研究をしていたことがあるというコロラド州の大学に行きました。でも、そこも5日で通わなくなった。いくつか授業を受けたのですが、これなら独学でできちゃうなと。それからお金が尽きるまで半年ほどアメリカでふらふらしていました。

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NejiLaw社長 道脇裕氏の経歴

【田原】帰国後は?

【道脇】また研究生活です。ネックになったのがお金です。仕事を手伝っていた会社から多少の収入はありましたが、研究費用がどんどん膨らんできて、まかないきれなくなった。それで思い切って研究対象を数学にシフトしました。数学は紙とペンさえあればできるので。

【田原】どのくらい続けたの?

【道脇】何年だったかな。すいません、当時は部屋に閉じこもって研究していたから、時間の概念がほとんどなかったんです。たぶん5、6年だったと思いますが。

【田原】そこで聞きたい。道脇さんはどうして起業したのですか。

【道脇】自分のアイデアをいろいろ人に話していたら、「キミの頭の中にあるものをそのままにしておくのはもったいない。一度、世に出してみないか」と言って支援してくれた方がいたのです。それで自分の頭の中にあった発明ストックをザッと書き出したら、200くらいになった。そこから絞り込む作業をやりました。

実現性はどうか。開発コストはどれくらいかかるか。製品化したとして、マーケットはあるか。そうやってさまざまな角度から検討して最終的に残ったのが、緩まないネジでした。

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