2016年2月16日(火)

スー・チー氏はミャンマー国民を満足させられるか?

大前研一の日本のカラクリ

PRESIDENT 2016年2月29日号

小川 剛=構成 AFLO=写真
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民主主義のアイドルだが、能力は未知数

2015年11月に行われたミャンマーの総選挙はアウン・サン・スー・チー氏率いるNLD(国民民主連盟)が圧勝した。議会の単独過半数(上院、下院の約60%)を握ったNLDは大敗したテイン・セイン大統領の与党、USDP(連邦連帯発展党)に代わって大統領の指名権を獲得、現大統領が任期満了を迎える3月の政権交代が確実になった。元軍人のテイン・セイン大統領も「平和的に政権を移譲する」と声明を出しているから、NLDが大勝しながら軍政がこれを無視して民主化勢力への弾圧を強め、前年にスー・チー氏を自宅軟禁した1990年の総選挙の二の舞いにはならないだろう。

1月4日のミャンマー独立記念日に演説するスー・チー氏。(写真=AFLO)

48年にイギリスから独立、60年代から半世紀以上続いてきた国軍の政治支配は終焉し、民主派政権による第2幕が始まる。ただし、ミャンマー民主化の象徴だったスー・チー氏が、引き続き政治的な求心力を保持して近代化、自由化、市場経済化を推し進められるのかといえば、そう簡単ではない。独立運動を主導した建国の父、アウン・サン将軍の娘でオックスフォード大卒のインテリ。自身も非暴力民主化運動のリーダーとして軍事政権と対峙し、15年に及ぶ軟禁生活にノーベル平和賞受賞と波乱万丈の半生を送ってきた。国内では圧倒的な人気を誇り、民主主義のアイドル、もしくはジャンヌ・ダルクと持ち上げられて欧米先進国の受けもいい。だが、政治手腕はまったくの未知数だし、経済政策の経験もない。大衆運動のリーダーとして25年前から言い続けているのは、「民主主義でやっていこう」ということだけで、「ミャンマーをこうしていく」という国家ビジョンや経済政策は選挙期間中何も言及していない。

独裁政権、あるいは社会主義体制の計画経済から自由主義的な市場経済への移行は非常に難しい。ソ連解体後のロシアではハーバード大学(当時)のジェフリー・サックス教授の指導の下に急速な民営化が進んだが「オリガルヒ」と呼ばれる新興財閥が誕生して、ロシア経済は彼らが富を独占するマフィア資本主義に歪んだ。アラブの春で独裁政権が取り除かれた中東諸国では市場が大混乱し、新しい秩序が生まれるに至っていない。

ミャンマーではテイン・セイン大統領が民政移管を進めるとともに経済改革に取り組み、諸外国を飛び回って市場開放を印象付けてミャンマーへの投資を促してきた。その意味では軍政の名残とはいえ、テイン・セイン政権の功績は大きい。新政権が開放路線を踏襲するかどうか、政治主導の市場経済化ができるかどうかも大きな問題だ。スー・チー氏当人に資質やキャリアがなくてもキャビネットを組む政治家がこれをカバーできればいい。だが、そちらはさらに心許ない。NLDが総選挙でマジョリティを得たのはスー・チー氏の国民人気によるもので、当選した議員は海のものとも山のものとも知れず組閣できるだけの人材がいまだ見つかっていない。選良か否か、議員や閣僚としてふさわしいかどうか、まったく吟味されていないのだ。いま大統領候補に挙がっているのは何と88歳のティン・ウー最高顧問で元軍人だ。

今後、スー・チーチルドレンが問題を引き起こすことは容易に予測できるし、国民が幻滅すればすぐにスー・チー離れにつながる。そのときに良家のお嬢さん育ちで政治的な基礎体力がない、しかも齢70を越えたスー・チー氏がどこまでリーダーシップを発揮できるだろうか。

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