ビジネス・ブレークスルー大学 学長 
大前研一さん 

1943年、福岡県生まれ。早稲田大学理工学部卒業後、東京工業大学で修士号を、マサチューセッツ工科大学(MIT)で博士号を取得。日立製作所原子力開発部技師を経て、72年、マッキンゼー・アンド・カンパニー・インクに入社。日本支社長、本社ディレクターなどを歴任。2005年に日本初の遠隔教育法による経営大学院「ビジネス・ブレークスル―大学院大学」を設立。現在はBBT大学に改組し、学長を務める。著書は戦略的思考の入門書として読み継がれ、累計50万部を超える『企業参謀』ほか多数。
 

仕事や趣味と同じように食事は人生を豊かにする。だから私は、毎日の食事についても常に前向きに考える。とりわけ夕食を外で摂るときには、強いこだわりを持って店を選ぶ。

もう20数年前のことになるが、松下幸之助さんの葬儀に参列した際に思ったことがある。もし私が、翁のように94歳まで生きたとしたら、あと何回夕食を愉しめるか……。当時まだ46歳だったから1万8000回余り。行きたいところも食べたいものも山のようにあったので、もはや一度たりとも無駄にできないと思った。

去年、東京・丸の内にオープンしたイノベーティブ料理を看板にする「ハインツ・ベック」は、間違いなく日本一のイタリアンの店だろう。先日もワイフと出かけたが、腕によりをかけた創作料理の旨さもさることながら、メニューにマッチしたワインの選び方が実に秀逸だ。これまで東京にはなかったスタイルの店だと感じた。

戦後70年――日本人の食生活は様変わりし、東京は世界一のグルメ都市になった。ほとんどの国の料理が世界的なレベルに達し、フレンチとイタリアンは本場に引けを取らない。理由は、食文化を支えている人がいるからだ。日本の料理人だけでなく、ベックさんのように東京に進出した外国人シェフも含まれる。そしてファンが店を育てる。西麻布の交差点にコンパスの支点を置き、半径1kmの円を描いてみる。すると、私が通う店は大体入ってしまう。おそらく、ミシュランの星の数を足すと世界で最も多いはずだ。

和食なら名古屋市の中心街にある懐石料理「土方(ひじかた)」。ここのオーナーである土方章司さんは、私が平成維新の会を1992年に立ち上げた際のメンバーだ。20年を超す付き合いで、名古屋の企業トップとの会食では、この店を頻繁に利用する。この店の好きなところは、土方さん一流の“創意工夫”だ。折々の季節感にあふれ、研究を重ねた素材と味に感動する。また、1人で予約して行ってみると、土方さんが私の親しい仲間を呼んでいることがある。彼や仲間と四方山話をしながら食べるのは何物にも代え難い時間である。

幸い、私にはそんな店が日本だけでなくビジネスで訪れる海外にもたくさんある。そこでつくづく感じるのは、やはり「料理は人なり」ということである。シェフや料理長の真摯な生きざまが料理や店の姿勢に反映する。そんな店をこれからも探したい。

※「土」は右上に点