ネットでNPR(アメリカの公共ラジオ)を聞いていたら、「なぜ<がんとの戦い>にいまもって勝てないのか」という興味深いレポートがありました。「がんとの戦い」(War on Cancer)とは1971年に、ニクソン大統領が宣言した、国を挙げてのがん撲滅政策をさします。

マサチューセッツ工科大の生物学者で、世界的ながん研究者であるロバート・ウェインバーグ氏は、学術誌「セル」に、次のような挑発的なエッセイを寄せました。

1950年代の研究者たちは、がんの正体をこう考えていました。がんとはきわめて複雑なプロセスである。何千通りも、とまではいわないものの、何百通りの道筋があって発生する、と。

『がんが自然に治る生き方』(ケリー・ターナー著 プレジデント社)

そこで研究のターゲットは、この複雑に入り組んだ道筋を単純な原則として解き明かすことに、絞られました。おそらくウィルスが原因なのだろう。この発想が、ニクソン大統領の「がん撲滅」宣言のベースにはありました。

ところがこのウィルス説は、その後、くつがえされます。がんの原因はウィルス(だけ)にあるのではなく、「遺伝子の突然変異」にある、という考えが浮上しました。

ウェインバーグ氏によると、1980年代初期には、がんの原因となる変異遺伝子の数はそう多くなく、それを解明すれば、ほかのすべてのがんについても構造がわかるはずだ、と考えられていました。

物理の法則のようにシンプルに、がんの構造をときあかせる日が来るはずだと、科学者たちは考えていたのです。