新しい技術には必ず「光と影」がある。デジタルは20世紀の科学が生んだ傑作の一つである。本書はそれが人間に何を与え、また何を奪ったのかを克明に検証した力作である。

企業や行政でデジタルマーケッティングの実績を持ち、その威力と可能性を知り尽くす著者は、デジタルが人の能力を奪う本質をこう喝破する。「人間には、道具を作り、その道具に適応しようとする性質がある。そしてその道具に適応し過ぎてしまうことで、本来の人間の能力を削そがれてしまうことがある。その適応力が仇となり、人間がつくった道具により人間が左右される」(194ページ)。

本書にはこれを裏付ける事例の紹介が続く。「日本のネット利用者は1週間に49時間もインターネットに接続しているという。(中略)インターネットなしでは24時間以上耐えられない人が54%にもおよび、3時間以内にインターネットの禁断症状を覚える人が19%もいる」(23ページ)。思い当たる読者も多いのではなかろうか。

著者はデジタル界で日進月歩する「コンテンツ」を詳しく紹介するだけでなく、人間と社会の関係をどう変えてゆくかの深い洞察を行なう。私のような素人にも刺激的な最新情報が数多く提示されるが、一方で、こうやって夢中になるうちに人間らしさが「浸食」されることに気づく。デジタルの奥には深い闇が潜んでいることを知り慄然とするのだ。

デジタルの魅力と危険性について、初心者にも分かりやすく説明する表現力は並大抵のものではない。たとえば、時計や指輪など装身具に搭載する「ウェアラブルコンピュータ」について、「人間がウェアラブルコンピュータで身を包むようになり、それが身体に接すればするほど、人間とコンピュータの関係にまつわる新たな倫理観が必要となる。さらに、身体が直接的なサイバー攻撃の対象になる恐れも出てくる」(73ページ)と警告する。何ごとにも「光と影」は付きものだが、デジタルの「影」には改めて驚かされる。

ちなみに、火山学を専門とする評者は、火山が与える「光と影」と日夜取り組んでいる。温泉や風光明媚な観光地という「恵み」を与えてくれると同時に、御嶽山の噴火のように容赦のない「災害」をもたらすからだ。特に、「光」に関しては理解しやすいが、「影」についてはまだ分からないことが多い。こうした時、専門家は表面現象の底に横たわる「構造」を解読し、市民に正しく伝える義務がある。そして著者は見事に本書でその役割を果たしている。

通勤の行き帰りに読み通せる「新書」にふさわしい現代的なテーマを扱った良書である。デジタルのプラスとマイナスの両面を確認しつつ、仕事と生き方を点検していただきたいと思う。