部下をいかに上手にマネジメントするか。この重要テーマを扱った啓発書は星の数ほどある。本書の独自性は、主張の徹底ぶりと、著者への信頼感にあるといえるだろう。

「営業は、こちらに興味のないお客さまの心を、いかに振り向かせるかが勝負です。上司と部下の関係も同じです」。自動車セールスの世界で驚異的な実績を挙げた著者は、こうさらりと言い切る。

部下に声をかけるときは、必ず「○○さん」と名前を呼んでから話す。自分の成功体験を話すのではなく、相手の悩みに「わかるよ。自分もそうだった」と共感を示してから、アドバイスをする。このあたりはまだ、「なるほどやってみようか」という気にもなりやすい。しかし、失敗した部下に対する以下のような対処はどうか。

「あなたにもっとアドバイスすればよかった。そうできなくてごめんなさい」「私がその場にいればお手伝いできたのに。これは私のミスでもあります。申し訳ないです」

字面を追えば、そこまでへりくだる必要はない、と思う人が大半だろう。部下の失敗を全部上司が背負うのでは、上の者はやっていられない。しかし、様々な文脈はあろうが、失敗を報告して上司から「自分も悪かった、申し訳ない」と言われたら、やはり部下は何か感じるものがあるのではないだろうか。

部下を自席に呼びつけるのではなく、用があるときは自分から出向く。ホウレンソウは上司から。さすがにここまで徹底すると、筋としての反論も出そうだ。部下は上司の指示で動くのが当たり前。それがルールなのだから、顧客に対するような気づかいが必要だとしたら、組織としておかしいではないか。

しかし著者は、「部下は上手にコントロールすべきもの」という呪縛から解き放たれるべきだと説く。「部下をどうやってこちらに振り向かせようかと、その過程をポジティブに楽しむことができれば、上司の仕事は面白みを増します」。

初めてなった係長職でスタッフの扱いに悩み、ついには退職、職種替えという情けない経歴を持つ自分には心に響く1冊だった。著者の信念、哲学が貫かれ、読後感はよい。

しかし一方で、これは林文子というビッグネームだからこそ成り立つ手法とも感じた。経営者としては、ダイエーのCEOや東京日産自動車販売の社長を歴任。横浜市長としては保育園の待機児童解消が記憶に新しい。そんな人から丁寧な言葉で、「この失敗は私のミスでもあります」と言われたら、たしかに部下は感激するだろう。

林流でいくためには、その人に一定の業績、信頼があることが前提だ。自分に自信のない上司は、どうしても「なめられたくない」という心理が働き、逆に高圧的になる。すると部下がしっかり働いてくれなくて業績も上がらない。何だか鶏と卵みたいな話だが。