現在の政治的状況が、なんらかの形で過去を引きずっている限り、歴史的な経緯について、その知識を蓄積することで、現在、進行している事態の理解が深まることは間違いない。

「一億総懺悔」と、敗戦の受け止め方を揶揄された時代に生まれた私は、子供の頃から漢文を読まされ、三味線の音が聞こえる家庭環境に反発してか、物心つく頃には西欧に関する書物ばかり、それも翻訳本という中途半端な形で読みふけっていた。

30代の半ばになって、ロンドンに行くことが多くなり、東欧や中欧の友人ができた頃から、ハプスブルク家についての書物を収集してきた。多くの民族と異なる宗教が入り乱れ、諍いが絶えない中欧において、数百年にわたって統治の版図を維持し続けた不思議な王家である。本書は、その末裔である「赤い大公」ヴィルヘルムの破天荒な生涯を描くことで、20世紀の欧州の歴史を別な視点から洞察しようと試みている。

1895年に生まれたヴィルヘルムは、第一次大戦期にはハプスブルク帝国陸軍将校を務め、ウクライナ・ハプスブルクの創設を夢見る。だが策略が失敗に終わると、パリに遁走し、スキャンダルで有罪判決を受けるほど奔放な生活を送る。6カ国語を自在に操ったヴィルヘルムは、その後、ウクライナの民族自治のためにナチス・ドイツとソ連に対する諜報活動に関わる。戦後、ウィーンでソ連に逮捕され、キエフの牢獄で悲惨な死を遂げる。その人物像を著者のスナイダーはこう書いている。「共産主義とソ連の断固とした反対者であった。彼の生涯の使命は、売春宿やビーチにいない時であればだが、苦しむウクライナの人々をボルシェビキの支配から救い出すことであった。彼は軽薄であり、軽率な行動もあったが、それでもウクライナにおける共産主義の本質については、疑問の余地なく正しくとらえていた」。

本書を読むと、1914年のフェルディナンド公の暗殺に始まる第一次大戦から、ヒトラーやスターリンが抬頭するまでの時間の短さにあらためて驚く。また、1580年頃のハプスブルク支配地、20世紀、そして現在の欧州の地図を見比べながら読み進めると、民族自決主義の隆盛について、新たな感慨が湧いてくる。次々と独立した民族国家のあり方と、現在も拡大を続けるEUの理念の重なりあいについて考えていくことが、改めて欧州を考えるヒントになることは言うまでもない。とくに昨今のウクライナ情勢を見ると、悲劇的な過去の繰り返しを見るようで、根の深さを感じる。

最後に私事をいえば、私は、アブダビ、ロンドン、パリ等々、長い出張を続けているのだが、本書をずっと手にしながら、編集部の方から時間切れだと叱られ、パリ時間の午前2時までに送付してほしいという最後通告をうけ、ロンドンからパリのホテルに着いた11時過ぎから慌てて、これを書いたのである。