会話が「数秒」だからクチコミが活発になる

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アイドルの「握手会」の流れ

筆者は初めて握手会に参加したとき、「握手時間(秒数)」の設定に面白さを感じた。細かい点は説明しないが、AKBグループの握手会には「全国握手会」と「個別握手会」の2タイプがあり、CD1枚あたり前者は「数秒程度(メンバーやレーンによって変わる)」、後者は「7~10秒程度」と決まっている。前者では短い場合は2~3秒くらいなので、会話は「応援しています!」「ありがとう」といった1往復で終わってしまうが、後者では2~3往復くらいのやりとりが可能である。この秒数設定が絶妙なのだ。

まず、言葉のやりとりができるので、こちらとしてはあらかじめ「どういうことを言うか」と考える必要がある。筆者の場合、何も準備をせずに順番が来てしまい、何度も「事故(うまくコミュニケーションが続かないこと)」を起こしたことがある。10秒の間に、どういう応援の言葉を伝えれば、メンバーを元気づけ、喜ばせてあげられるか。そのためには知恵を絞る必要がある。握手会はさながら「数秒間のコミュニケーション能力の格闘ゲーム」の様相を呈しているのだ。

メンバーにとってもそれは同様だ。現在、AKBグループには研究生などを含めて約300人のメンバーがいる。シングルCDを発売するたびに、そのなかから30人前後のメンバーを選抜するのだが、その基準のひとつに「握手会の会場での人気」がある。いわば会場におけるレーンの長短は、「営業成績の棒グラフ」なのである。だからメンバーも、数秒でファンを魅了するため、真剣勝負で握手会に臨む。

そしてコミュニケーションの真剣勝負が数秒の間に交わされるからこそ、「握手レポ」と呼ばれる握手会の感想レポートは熱を帯びる。握手会が行われた日は、ソーシャルメディア上で無数の「握手レポ」が飛び交う。握手会に参加していなくても、それを検索して読んでいるだけで十分楽しめてしまう。「あのメンバー、こんなこと言ってくれるんだ!」といった具合である。そのクチコミが広がって人気が出るメンバーもたくさんいる。

ここで重要なのが「数秒」という制約である。1分も2分も会話ができたとしても、その内容を正確にレポートするのは難しいし、何より文章に起こすのが面倒だ。これはツイッターが成功した要因とよく似ている。ツイッターは140字という字数制限があるからこそ、大量の投稿を集めている。筆者に対して、「AKB商法はキャバクラ営業と同じだ」などと揶揄されることもあるが、筆者から言わせれば、AKB48のほうが100倍以上楽しい。キャバクラはコミュニケーション相手が別に夢を持って輝いているわけではないし、時間もやたらと長くてレポートする気力も起きないからだ。つまり握手会は、ソーシャルメディア時代の「クチコミ投稿」を喚起しやすいフォーマットになっているのである。

以上、本稿では握手会の本質的魅力を説明してきたが、それでもなかなか伝わらない部分は多いと思う。筆者自身もまさにそうだったが、やはり握手会という「現場」に直接参加してみないとこれは分からない。しかし今回の事件は、握手会に行くこと自体の可能性を塞いでしまった。握手会という素晴らしいコミュニケーションの「現場」が再び開催されることを、筆者は心から祈っている。

※1:2012年の「AKB48選抜総選挙」で投票集計を担当したパイプドビッツの調査によれば、投票者のうち男性は70.0%、女性は29.3%。年齢構成では10代の35.7%が最も多かった。
※2:6月7日に開催された「第6回AKB48選抜総選挙」には、メンバーや研究生など過去最多となる296人が立候補した。

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