植木清治(松美柔道スポーツ少年団団長)

うえき・せいじ●1950年、山口県山口市生まれ。小学校5年から柔道を始め、引退後、指導者の道に入る。山口刑務所の刑務官。30年ほど前から山口市の松美柔道スポーツ少年団で柔道を指導し、7年前に同少年団団長となる。山口市柔道協会会長。

晴れの舞台である。東京・日本武道館。先の全日本選手権開会式後、昨夏の世界選手権メダリストを幼少時代に育てた道場指導者が、全日本柔道連盟から『特別表彰』を受けた。73kg級の大野将平を柔道に導いた山口県山口市の松美柔道スポーツ少年団団長の植木清治さんも記念の盾を贈呈された。

まぶしい照明の下、伝統ある畳みに立ち、観客から大きな拍手を浴びる。植木さんは少しばかり緊張した面持ちだった。

指導者の一番の喜びは? と聞けば、「今日みたいな時ですかね」と相好を崩した。

「こんな場所で表彰されることはまず、ないですから。日ごろなら、それまで弱かった子が一本取ってくれたら、うれしいですね。“よくやったなあ”と褒めます」

子ども視線の謙虚さを併せ持つ。偉ぶったところは少しもない。表彰式のあと、スタンドの大野から大きな声をかけられた。

「おめでとうございます」

「おお~、将平。ありがと~。おまえのおかげだよ」

63歳の植木さんは、山口刑務所の刑務官を勤める。スポーツ少年団の柔道指導者となって、ざっと30年が経つ。ロンドン五輪代表の上川大樹に次ぎ、大野に対しても小学校6年間、柔道を指導した。

「ワタシは、たまたま、ですから。将平は負けん気の強い子でした。ちっちゃい頃は泣いて向かってきていた。ワタシのあと、立派な先生からいろいろな指導を受けて、どんどん強くなっていったのです」

大野の植木さん評は。

「いい先生としか表現できません。親戚のおじさんなので、よくしてもらっています。ずっと練習の相手もしてくれました。自由気ままと言ったらおかしいですが、うるさいことは言わず、厳しくもなかったですね」

植木さんの指導理念の第一は「柔道を嫌いにならないようにすること」という。

「子どもが柔道離れしていますので、まずは少しでも興味を持って、長く柔道を続けてくれればいいなと願いながら指導しています。“先に一本取れ”ってよく、言います。一本取ると、オモシロいですから」

もちろん、本気でやらない子どもがいたら、「本気でやらんか!」と叱ることもある。

「叱ったら、褒めます。柔道はしんどい。でもしんどい中で、がんばったら勝てるというのが楽しいじゃないですか。ワタシは型にはめず、伸び伸びと子どもたちに育っていってほしいのです」

ただ、「目標に向かって頑張れ!」とは口を酸っぱくして言う。山口市で優勝したいなら、それを目標に鍛練する。勝てば、山口県、さらには全国大会と自身の目標が高くなっていく。最後は「五輪が目標」となる。

教え子たちの成長を見るのは、指導者冥利に尽きるだろう。

これからの目標は?

「次から次に、上川や将平のような人材が出てくることでしょうね」

植木さんは子どもの可能性を信じ、柔道の楽しさを伝える。「先に一本とれ!」と言い続ける。教え子とともに夢を追うのである。