2012年終わりから13年前半にかけて、いわゆるアベノミクスの高揚感のなかで、企業内の人材管理に関係する幾つかの議論が盛んに行われた。代表的なのが「解雇規制の緩和」といわゆる「限定正社員」。これを書いている直近になって、労働時間規制の緩和に関する議論が加わってきた。
解雇規制緩和は「正社員」の雇用保障緩和の議論であり、限定正社員とは、勤務地や職種を限定した雇用契約を導入する動きである。労働時間規制に関しては、かなり以前に話題になった「ホワイトカラー・エグゼンプション」(一定年収以上のホワイトカラー労働者について、労働基準法の労働時間規制を緩和すること)を、経済特区方式を用いて一部の業種や地域で実行しようとする案である。議論されている内容に共通するのは、すべてこれらがいわゆる「正社員」の働き方に関する改革である点である。
あまり知られていないかもしれないが、労働法には、「正社員」という言葉の明確な定義はない。私も前に、ある政府審議会のなかで、「正社員」という言葉は、何を意味するのかを問われて、法律的な定義はなく、企業の人事管理のなかで使われる従業員の雇用区分だと答えた覚えがある。つまり、企業の人事管理上の用語なのである。または、統計調査上、就業形態の状況を把握するための「呼称」だと主張する研究者もいる。このなかで明確に規定されている唯一の法的条件は、雇用契約期間に関してだけであり、有期雇用が期間の定めある雇用、無期雇用が期間の限定のない雇用である。もちろん、多くの企業で、定年はやってくるわけだから、人事管理上は、定年までの長期有期雇用という解釈もできる。
したがって、「正社員」をどう管理するかは、個別企業に任されているところが大きい。つまり、正社員の管理の仕方には多様性がありえるのである。例えば、多くの優良企業では、正社員に関しての雇用維持努力は、法律遵守だからやっているのではなく、(少なくともこれまでは)それが企業の合理的な行動だったから継続されてきたのである。また、多くの経営者がそうした行動が正しいと信じている。強い雇用保障に伴う「正社員」管理(賞与の支給、定期昇給、手厚い福利厚生など)なども、多くの企業で実現されており、またそれが規範化している。
このような企業に働く正社員が通常の「正社員」イメージに近い。守られた存在としての正社員である。こうした従業員については、たとえ現在盛んに議論されている解雇規制の緩和が実現したとしても、大きな影響をもつとは思えない。正社員の強い雇用保障とそれに伴う人事管理のあり方は、その正しさが一種の規範として維持されているために、これを変えるには大きな努力が必要だからである。