右が「PRESIDENT Online」編集長 星野貴彦、左が「PRESIDENT Online」副編集長 横田良子
右が「PRESIDENT Online」編集長 星野貴彦、左が「PRESIDENT Online」副編集長 横田良子
「男性読者の期待にどう応えるか」と悩んだけれど…

【星野】現在、プレジデント・オンライン(POL)は、1カ月当たりのページビュー(PV)が平均1億、ユニークユーザー数が平均1800万という規模のメディアサイトです。数字がグッと伸びたのは、昨年11月に横田さんが副編集長としてPOL編集部に入り、バシバシと記事を作ってくれるようになったからだと思っています。

【横田】いきなりめちゃくちゃ持ち上げますね(笑)。POL編集部に移って、読者の多さを実感しています。これまでは雑誌『プレジデント ウーマン』の編集を手がけ、昨年は「プレジデント ウーマンオンライン」の仕事が中心でした。どちらの媒体でも「女性読者の期待にどう応えるか」がテーマだったのですが、いまは「男性読者の期待にもどう応えるか」と悩みが増えました。

【星野】POLでも読者の約3割は女性なので、「これまでやっていたテーマを、そのままPOLで展開してほしい」とお願いしました。その結果、同じテーマでも、読者がグッと増えましたね。狙い通りでした。「プレジデント」というブランドの本質は「仕事の役に立つ」ですから、そこに性別は関係ないと思っています。

星野編集長

【横田】今年4月に立ち上げた新連載「Over80『50年働いてきました』」の第1回では「世界最高齢」という90歳の総務部員・玉置泰子さんを取り上げました(※)。玉置さんは女性ですが、それよりも「90歳のエクセル達人」という点に興味を持つ人が多かったのだと思っています。

(※)「世界最高齢の総務部員」90歳のエクセル達人が放つ“IT嫌い”がぐうの音も出ない言葉 社長が生れる前に入社の超ベテラン

“普通の会社員”の物語

【星野】私も「最年長社員」という連載企画を立ち上げていますが、年齢が条件ということで切り口が違いますね。なぜ高齢のビジネスパーソンを取り上げたいと考えたんですか。

【横田】玉置さんが65年も勤めているのは、特別なスキルがあるからじゃないんです。社内表彰を一度も受けたことがないと。そんなごく普通の社員が、細く長く働いてきた。いまもフルタイム勤務で、みんな帰ったあと最後に退社する。「会社の机で死にたい」って明るく話していました。玉置さんのキャリアは「キラキラ」ではなく、どちらかといえば平凡です。そういう人たちの物語を記事にしていきたいと考えました。

【星野】メディアに登場する人を「キラキラ系」とか「意識が高い」などと揶揄やゆする向きがありますが、記事をしっかり読んでほしいと思います。少なくともPOLでは「中身のない人」は取り上げません。どれだけ輝かしいキャリアをもっていても、どれだけ先端的な言葉を使っていても、その人の生き方や考え方に説得力がなければ台無しです。玉置さんの記事は、その点で「プレジデントらしい記事」でしたね。

【横田】玉置さんはすでにさまざなメディアに出ている方です。ただ、新聞記事では「90代で現役」と事実を伝えるだけ、テレビ番組は「世界最高齢総務部員としてギネス認定!」とセンセーショナルに取り上げるだけ。私はそれが不満でした。特別なスキルがなくても60年以上も働き続けることができたのは「どうして?」と思っていたからです。そこで幼少期からお話をうかがうと、戦後すぐに15歳で父親を亡くされ、10代で家族のために働きはじめているんですね。キャリア形成を考えていたわけではなく、玉置さんにとっては毎日働くのが当たり前なんですね。

【星野】90歳を過ぎてもフルタイムで雇用している会社も柔軟ですね。前編は玉置さんの話ですが、後編は社長のインタビューもあって、読み応えがありました。ここまでていねいに取り上げている媒体は珍しいでしょうね。

【横田】社長は47歳の三代目です。初めて玉置さんに会ったのは子どもの頃。「当時からおばあさんだった」と話していました。ふだんから社員と食事にいくような社長さんで、玉置さんは「社長のそばにいると癒やされる」と。社内の雰囲気も魅力的で、その部分も記事にしたいと思ったんです。

横田副編集長

【星野】働き方、仕事への姿勢、組織のあり方など、「人」を中心としながら、あらゆる方面に関心が広がるPOLらしい記事でした。

【横田】玉置さんという「人」を取り上げた記事ですが、ダイバーシティ、エイジレス社会、ワーク・ライフ・バランス、ジェンダー公正……といった視点からも参考になる記事だと思います。

「多様性がある社会とは何か」をリアルに描く

【星野】PR会社から「ダイバーシティの取り組みを取材してほしい」と売り込みを受けることがよくあります。関心は持っているのですが、なかなか記事にはなりません。「ダイバーシティに取り組んでいる」というのは、読者にうまく届かないように思うからです。

【横田】どういう意味ですか?

【星野】もっと具体的な言葉に置き換える必要があるのかな、と。たとえば「生後3か月の一人息子は全盲だった」広告マンの父親が気づいた“人の弱さ”の本当の意味」という記事は、ダイバーシティという言葉を使わずにダイバーシティの重要性を訴えることができた好例だったと思います。

【横田】「見えない。そんだけ。」というキャッチコピーを書いたコピーライターの方の記事ですね。

【星野】コピーライターの澤田智洋さんは、お子さんが生後まもなく全盲になったとき、深い絶望に襲われ、仕事も手につかなくなりました。ただ、それから、「障害者」という存在にピントが合うようになり、「弱さを生かせる社会をつくろう」と考えが変わったそうです。仕事の幅も広がり、2014年に日本で初めてブラインドサッカーのワールドカップが開催されたときには、「見えない。そんだけ。」というコピーを書いています。

【横田】この10文字に、澤田さんの経験と思索が込められているのがわかります。

【星野】広告というのは華やかにみえる業界ですよね。そこに「障害者」という存在は異物のように思える。だから澤田さんも最初は絶望に襲われたのだと思います。でも、「見えない。そんだけ。」なんですよね。

立場の違う人たちに対して、特別な態度を取りつづけていれば、状況はよくなりません。あらゆる立場の人たちが、互いに尊重される。そのための環境をどう整えるか、という課題解決を目指すことがダイバーシティの実現だと思います。

澤田さんが考え方を変えられたように、私たちも考え方を変えていく必要があると思います。この記事はその一助になったのかなと思っています。

【横田】澤田さんの記事には、子どもの頃にパリとシカゴでマイノリティの苦しみを味わったことも描かれていました。あの経験もダイバーシティの問題につながりますね。

【星野】マイノリティにとって生きやすい社会は、それ以外の人たちも生きやすいはずです。

【横田】女性活躍でいえば、女性が働きやすくて活躍できる社会は、男性にとっても働きやすい社会ですからね。

【星野】ダイバーシティの大切さを伝える記事は今後も掲載していくと思います。ただ、この言葉はまだ日本の社会に定着していないから、人それぞれ描くイメージが違う。まだタイトルには使いにくいですね。

【横田】より具体的でイメージしやすい言葉を選んだほうがいいですよね。読者の本音をつかむというのも、POLの強みだなと感じます。

出版文化の一翼を担う

【横田】POLでは「書籍抜粋」という記事も多いですね。これは星野さんが発案したんですよね?

【星野】発案というと大げさですが……。これは『プレジデント』の誌面でやっていた方法を踏襲しているんです。識者のインタビュー記事では、「本に書いているから、それをうまくまとめて」とお願いされることが結構あるんです。こちらも著書を読んで、取材依頼をしていますし、話題が重複するのはお互いに損ですよね。そうすると著書の一部をインタビュー記事に再編集して載せることになります。これをウェブで展開できないか、と考えました。しかも書籍の一部をそのまま抜粋すれば、「立ち読み」の代わりになります。版元を通じて筆者の了解を得て、新刊の一部を抜粋して記事化しています。

【横田】要約はやらないんですか?

【星野】要約が有効なこともあります。ただ、「本の魅力を伝える」という点からは、要約は非常に難しいんですよね。そもそも要約ができないから、それだけの分量があるわけですから。

【横田】じっくりと時間を使いながら考えを深めるには、紙の本がいちばんいいですよね。ウェブと紙の使い分けは重要だなと思います。

【星野】読書習慣は、ビジネスの役に立ちますし、なにより人生を豊かにしてくれます。POLは出版社発のウェブメディアですし、なにより読者のために本の紹介に力を入れたいと考えています。だから自社の出版物にこだわらず、あらゆる版元の書籍を紹介しています。

POL副編集長の横田さんと、POL編集長の星野さん

【横田】POLで“立ち読み”してもらう感覚ですね。とくにコロナ禍で書店に寄る機会が減った人もいるでしょうから、読みたい本を見つけてもらえるとうれしいですね。

【星野】具体例をひとつ紹介しましょう。7月12日に公開した「『実は顧客サービス』福島第一原発のコンビニがタバコの個数をわざと間違えるワケ」は、ノンフィクション作家の稲泉連さんの著書『廃炉 「敗北の現場」で働く誇り』(新潮社)の一部を抜粋した記事です。

【横田】新潮社のサイトには「福島第一原発では40年かかる廃炉作業が今日も続く。最先端の技術と使命感を胸に、高放射線量の下、数多の困難を乗り越える技術者。彼らを支えるバックヤードの人々。福島を離れまいと異動を拒む官僚。「加害者」になることを厭わず、東電を選んだ新入社員たち――。逆境の中、しんがりを務める彼らの、熱き想いを紡ぐ」とあります。重厚なノンフィクションですね。

【星野】はい。この中から、イチエフの大型休憩所にある「ローソン」のエピソードを抜き出しました。リードには、<店長の黒澤政夫さんは「雰囲気が暗くなりがちなので、5人のスタッフにはいつも『喜ばせようぜ』『楽しくやろうぜ』と言ってきました。利用者のほぼ全員が常連客なので、接客には工夫しています」という>と書きました。その接客の工夫が、なぜか「タバコの個数をわざと間違える」なんです。

【横田】本全体は「廃炉」という重厚なテーマを掘り下げていますが、この部分からは、ビジネスの事例として「サービスとは何か」「仕事とは何か」を考えさせられますね。

【星野】廃炉作業にもそうした側面がある、ということだと思います。あるテーマについてまっすぐ伝えるのではなく、「人」という軸から読み応えのあるものを作るのは、「プレジデントらしさ」だと思いますね。

プレジデント社には記者がいない、いるのは編集者だけ

【横田】星野さんは「プレジデント社には記者がいない。いるのは編集者だけ」とよく言っていますが、それとも関係しますか?

【星野】はい。新聞やテレビはもちろん、ほかの出版社でもビジネス系といわれるところは「記者」が中心です。でも、うちの編集部をはじめとして、プレジデント社には記者はひとりもいません。いるのは編集者だけです。これが大きな違いだと思ってます。

記者は「新しさ」を最優先する職業です。私も他社で記者経験があるのでよくわかりますが、追いかけるのはスクープです。担当する分野で、誰も知らないことを最初に報じる。そこにエネルギーを注ぎます。

一方、編集者は「おもしろさ」を最優先します。得意とする分野をもつ編集者も多いのですが、その第一義は「読者にとって、おもしろいかどうか」です。とにかく読者目線で物事を追いかけます。「ジャーナリズム」や「権力の監視」を前面に出すことは苦手です。そうしたテーマを手がけることもありますが、それらも「読者におもしろいと思ってもらえるか」が最重要です。編集者が自分で記事を書くことがほとんどないのは、「自分よりおもしろく書ける人がいる」からです。スクープをいち早く出すなら、自分で書くしかありませんが、それよりおもしろさが重要なんですよね。

星野編集長

「POLはおもしろい記事が多いな」と思っていただけるとすれば、そうした工夫が功を奏しているからだと思います。

【横田】そこまで言い切っているウェブメディアは珍しいかもしれませんね。

【星野】編集者だけでビジネス系の記事をつくっているウェブメディアが珍しいんですよね。「プレジデントらしさ」を大切にしていたら、結果としてユニークな存在になったのかなと感じています。

【横田】POLは現在、月間1億ページビューを超え、30万人以上の会員がいるウェブメディアに育ちました。編集部のスタッフも、この7月から3人増えて16人になりました。

【星野】さまざまなウェブメディアがありますが、独自の立ち位置を守りながら、さらに成長させていければと思います。