世界経済の行方に不透明感が漂う中、日本企業は稼ぐ力を回復し、日経平均株価は34年ぶりに最高値を更新しました。その流れを早くから予測し、日本企業、日本経済へのエールを送ってきたのが、 “伝説のコンサルタント”堀紘一さんです。あまたある企業の中から「伸びる会社」をいかに発掘したか、また、見逃してしまいがちな経済ニュースの重要ポイントはどこか。今回は、景気が落ち込む中で通り魔事件が頻発し、日本人児童の殺傷事件も起きるなど治安が急速に悪化している中国と、日本企業は今後どのように付き合うべきか……。堀さんならではの見解をお届けします。
不動産不況だけではない…「三重苦」に苦しむ中国
私は以前、本連載で「中国経済は少なくともあと30年、停滞する」という見通しを述べました。「30年」というのは、日本経済がバブル崩壊から立ち直るまでの期間であり、中国の場合は確実にそれ以上の年月を要する、ということです。
では実際にはどれくらいの期間がかかるでしょうか。
今の中国経済は日本のマスメディアが伝えているより、もっと悪い状況にあると思います。日本のマスメディアの多くは中国政府発表の統計データが真実の数字であるという前提で中国経済を見ていますが、中国では統計も当てにはなりません。私の見立てでは、中国経済の復活には50年かかるでしょう。
中国経済は今、三重苦に苦しんでいます。
第1に強烈な不動産不況があります。今、中国全土で8000万戸の住宅が売れ残っていると言われています。1戸に平均3人が住むとして、2億4000万人分の住居が余っている計算で、これは日本の人口の2倍です。ここまで造り過ぎてしまうと、政策で少々需要を底上げしたとしても、解消しようがないでしょう。
バブル崩壊で日本の地価は暴落しました。東京の高級住宅地である渋谷区松濤では、バブル期に坪3000万円まで上がった地価が10分の1の300万円になったのです。
しかしそんな状況でも、三井不動産や三菱地所といった最大手は潰れませんでした。一方の中国では業界1位の碧桂園をはじめ、トップクラスの不動産会社が軒並み危ういと言われています。習近平政権が倒産を認めないから存続しているだけで、実質的にはどこも倒産状態と見ていいでしょう。それだけ深刻な状況なのです。
第2の問題は、失業です。
中国の国家統計局では2023年に「16~24歳の若者失業率が21%」と発表した後、失業率の発表を中止してしまい、2024年になって再開したときには15%弱と、1年前より6ポイントも低くなっていました。統計の取り方を変えたためというのですが、実際の失業率は公的な数字よりはるかに高く、18歳から30歳の2人に1人が失業もしくは就職できない状況にあるとも言われています。
どの国でも経済状態が悪くなると世の中が物騒になるものです。失業率と治安は関係が深く、若者の2人に1人は仕事がないということは、それだけ不満が溜まり、世情が危険になっていることを意味しています。他の国であれば国会議事堂や首相官邸の前で大規模なデモが起こりそうな水準であり、かつての天安門事件のようなことが今、中国で起きていないのが不思議なくらいです。
対日感情も悪化しているようで、2024年には6月に蘇州市で日本人母子が刃物で刺され、9月には深圳市で日本人の男の子が殺害されています。
第3の問題は、極端な内需不振です。
習近平政権は2012年に成立してすぐ、官僚の腐敗を一掃するという名目で「8カ条の決まり」を発表するなど、ぜいたくを目の敵にして取り締まってきました。2021年ごろからはアリババやテンセントといった巨大IT企業に対して、独占禁止法違反の名目で巨額の制裁金を科するといった規制の動きを強めてきました。
今回の不動産不況も、引き金を引いたのは習近平政権による2020年の「三条紅線(3つのレッドライン)」と呼ばれる不動産業界への融資規制でした。習主席は毛沢東を称賛し、改革開放路線を後退させています。今後、経済をどうしてしまうかわかりません。
官に起因する不況に対し、中国人は自衛意識を高めています。彼らはそもそも中国政府の社会保険や福祉もまったく信用できないという考えですから、お金をなるべく使わず、貯蓄に回してしまうので、消費が伸びません。
ちなみに今、世界的に金価格が高騰していますが、中国人富裕層が自国通貨の人民元を信用せず、金買いに走っていることが背景の一つと言われています。貯蓄するにしても、人民元ではなく米ドルで持っています。
民間設備投資がダメで消費もダメ、さらに対米輸出も不振ですから、景気を支えるのは政府支出しかありません。しかし、現在の中国には財政出動の余力もなく、仮に国債を乱発すればアルゼンチンのようなひどいインフレに陥るでしょう。習主席という人はロシアのプーチン大統領と同じようなタイプの指導者です。この苦境を打開するため、習政権はロシアがウクライナを攻めたように、台湾侵攻に踏み切るのではないかと私はかなり心配しているのです。
リコーの撤退が嚆矢…次々と中国「脱出」を図る外国企業
今、日本を含む外国の企業が続々と中国から撤退しています。「これは大きな流れになるな」と感じたのは、中国で複合機を生産していたリコーや富士フイルム、デジカメを作っていたキヤノンなどが次々と中国から撤退したことでした。
複合機では、まずリコーが2019年に米国向け複合機の生産を中国からタイに移管しています。富士フイルムは2022年に中国からの撤退を発表し、現在までに全工場を閉鎖しています。両企業とも中国工場で複合機を生産していたのですが、中国政府から「複合機生産のノウハウをすべて教えろ」と迫られていたのです。
日本企業からしたら、冗談ではありません。そんなものを教えたら、明日から中国企業が同じものを作ってくることは目に見えています。「そんな目に遭うぐらいなら」と撤退することになったわけです。
2022年にはキヤノンもデジタルカメラの中国生産から撤退し、工場を閉鎖しました。
米中対立で輸出基地として使えなくなっている上に、不況で内需も不振、さらに「ノウハウをよこせ」という圧力まで加わったとなると、進出している企業にとっては最悪の状況です。これまで中国を生産拠点としていた外国企業は続々と撤退し始め、代わりにベトナムに行ったり、カンボジアに行ったりしています。
スパイ罪で捕まるリスクも…距離を置き、ほどほどに付き合うべし
では、日本企業が今の中国と付き合うとしたら、どんなスタンスを採るべきでしょうか。
いくら悪い状況とはいえ中国は日本のお隣の国ですので、まったくお付き合いしないというわけにもいきません。今の中国に対しては、なるべく距離を置いて、ほどほどに付き合うべきだと言えるでしょう。
まず日本人が中国に駐在する場合は、家族同伴ではなく、単身赴任が望ましいと言えます。
もともと中国では駐在員の奥さんが職を見つけることが難しいとされます。言葉の問題に加え、中国では家族ビザでの就労が認められていないという問題もあります。その上、対日感情が悪化して子どもが殺されたりしているのですから、家族を同伴する状況ではありません。
習近平政権になって、2014年にはいわゆる「反スパイ法」が、2015年に「国家安全法」が施行され、中国に駐在する外国人への監視が強化されています。さらに2023年7月には、当局の取り締り権限を一段と強化した「改正反スパイ法」も施行されました。日本人も相当数の人がスパイ容疑で拘束されています。
もし今、スパイ罪で捕まれば、裁判もまともに行われず、当局側には立証責任もありません。
ちなみに私は以前、中国に子会社を作って、よく行っていましたが、最近はまったく行っていません。2年ほど前に、「台湾や香港、マカオは別として、今後一切、中国本土には足を踏み入れない」と決めたのです。
コンサルタントの仕事には情報収集が欠かせませんが、今の中国で現地の情報を集めることには危険が伴います。まごまごしていると当局にスパイと疑われ、行ったはいいが、出国できなくなってしまいかねません。「これはだめだ」と考えたのです。
日本の企業人が中国に行く場合も、ずっといるのではなく、早いうちに中国人のナンバー2を立てて、日本人は国外からインターネットを使って指示を出すという形にする方が安全でしょう。
その場合も、日々のオペレーションは現地スタッフだけで回せるようにしておく一方で、最終的な決定権はこちらが持っておくべきです。そうしておかないと、現地の責任者が何をするかわかりません。共産党と組んで工場を取り上げられてしまうといった可能性もあります。用心するに越したことはありません。
(構成=久保田正志)