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幼いわが子へのお金の教育はいつからどのように始めればいいか。幼少期を英国や米国で過ごした金融コンサルタントの川口幸子さんは、3歳からすでに学校の先生や祖父母から「欧米式お金教育」を受けていたという。正しくお金の知識を伝えるために、日本の金融教育が参考にすべき欧米式の教えとは。

雪玉で単利と複利を理解した、驚愕の体験

長期的な資産運用のメリットである「複利」。子どもに単利と複利とは何かを聞かれたら、どう説明すればいいだろうか。3歳から9歳までを米ニューヨーク、サンディエゴや英ロンドンと日本を行き来しながら過ごした金融コンサルタントの川口幸子さんは、8歳のときにスクールで受けた授業で強烈な説明を受けた。

あるとき、川口さんは雪の積もった丘の上に連れて行かれ、まずは雪玉を自力で大きくするように言われた。そこで周りにある雪を手作業でくっつけていったが、体力的に大変な割にあまり大きくならなかった。次に、丘の上から雪玉を転がすように言われてやってみると、岩などにぶつかって削られることはあったものの、最終的には全体的に雪がついてとても大きくなった。

「前者は単利、後者は複利の効果だよと言われて、一瞬で複利のすごさを理解できたんです」と川口さんは過去の経験を振り返る。

そんな授業があれば受けてみたいものだが、川口さんによれば米国や英国では幼い子どもへのお金教育は当たり前に行われているという。

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小学校で資産形成を学び、高校ではポートフォリオ分散を扱う

1986年に証券市場改革(金融ビッグバン)を行ったことを背景に、ヨーロッパの中でもいち早く金融教育に取り組んできた英国では、3歳からお金について段階的に教えていくための教員用キットが広く使われている。

その内容を見ると、小学校入学前の3〜5歳ではお金の単位やものの価格、支払いとお釣り、貯金箱などを、5〜7歳では銀行、住宅金融組合(英国の金融機関)、ATM、お小遣い、宝くじ、郵便局などを学ぶようになっている。

7〜9歳になると、領収書、残高、収益、給与などに加え、チャリティーの役割など価値観に関することも教わっていく。そして9〜11歳で学ぶのは、クレジットカードやデビットカード、経費、控除、損失、リスクとリターンなど。この時期には、信用・債務・借り入れ・貯蓄にまつわる事柄や、インターネット詐欺への対策、退職後に必要なお金なども学ぶという(※1)

また、米国では州によって違いはあるものの、金融教育の軸としては大手の教育団体が作成する「National Standard」が有名だ。これは学年ごとの学習内容を明文化したもので、「収入を得る」「支出」「預金」「投資」「クレジット管理」「リスクマネジメント」の六つのカテゴリーに分けられている(※2)

例えば「預金」の学習内容を見ると、小学生では預金や利息、中学生では個人の状況や目標に基づいた預金と複利の計算、高校生ではインフレによる預金の目減りや税制優遇措置などが登場している。

「投資」では、小学生で早くも長期と短期の資産形成における違いを学ぶ。高校生になると、個人のリスク許容度や行動の偏りが投資の選択に及ぼす影響、ポートフォリオ分散の利点など、かなり高レベルな内容にまで踏み込んでいる。

National Standardでは、事例問題を通じた学習も推奨している。例えば中学生向けの事例問題には、ある親子の生活場面を取り上げ、父親が小学生だったころの映画のチケットとポップコーンの代金を現在と比べて、物価の変動率を算出するというものがある(※2)。子どものときから金融を身近に感じられるよう、日常的なシーンからお金の計画や管理を学べる無料教材も豊富に揃っているそうだ。

他にも、米国では「賢い消費者目線を育てるプログラム」というものがあるという。例えば電化製品を買うとき、故障した場合の保証について取り決めをしておかないと泣き寝入りをすることになる。当然、お金も無駄になってしまう。そうならないように、「もし壊れたら交換してくれる?」「何カ月以内だったら修理してくれる?」と当たり前に質問する習慣を身に付けさせ、お金の大切さを理解させるのだ。

子どもにお金を意識させる「日常の一コマ」

子どもにお金の知恵を与えるには、学校はもちろん家庭での教育も重要だ。

欧米のユダヤ系の人々は、わが子にお金の知恵をつけてあげること、親亡き後も一人で生きていけるすべを与えることが愛情の一つと捉えているという。すべとはお金を稼ぐ力や管理する力、増やす力であり、それがあれば豊かな人生を送れるとの考えからだ。

しかし、「日本では子どもにそうしたすべよりお金そのものを残そうとする人が多い」と川口さんは話す。では、日常生活の中で、子どもにお金の知恵を伝えるにはどうすべきなのだろうか。川口さんは、冷蔵庫や車など少し高価なものを買うときは家族会議をすること、その際にはお金の話もすることを勧める。「冷蔵庫を買おうと思うけど、予算はどう設定したらいいと思う?」「うちは家族が多いから、値段は高いけどたくさん入る方がいいね」「機能が増えると値段も上がるけど、この機能は必要かな?」というように、子どもと一緒に決めるのだ。

「そうすると、子どもはどのくらいのお金があればどんなものが買えるのか、自然とわかっていきます。身の回りのものは初めから家にあるのではなく、お金を出して買うものなんだということを、早くから知ることが大切です」と川口さんは言葉を続ける。

「それいくら?」がタブー視されない世の中に

お金に関する知恵は、人生を楽しく豊かなものにするための知恵でもある。川口さんは「だからこそ、お金の話は決してタブーではないと多くの人に理解してほしい」と話す。

「欧米のユダヤ系の人は知恵とその生かし方次第で豊かになれると知っていて、お金のことをオープンに話しますし、資産運用に長けている人も数多くいます。一方、日本では他人の収入や持っているものの値段を聞いたり、どれだけ稼いだかを話したりすることをタブー視する傾向が強く、資産運用にも消極的です。この違いの要因は、幼少期からの環境や教育にあるのではと思います。教育において、いちばん子どもたちの心に響くのは大人の生の声や生の体験。それが最も共感を呼び、感動を与えると思うんです」と川口さんは力を込める。

2022年、日本でも新しい指導要領に基づいた高校家庭科の授業で「金融教育」が始まった。家計管理や預貯金、株式・債券・投資信託など、金融知識を正しく学べるカリキュラムになっている。また、金融庁は小学生でも楽しくお金や経済のことを学べる教材を「小学生のみなさんへ」というサイトで公開しており、子どもたちがお金の話題に触れられる場が用意されている。

家庭でいきなりお金の教育をするのが難しいと感じる人は、自分のお金にまつわるエピソードを話すことから始めてはどうだろうか。子どもはそれだけで「お金の話をオープンにしていいんだ」と思えるようになり、自然とお金を身近に感じるようになるのだ。

(出典)
※1:「イギリスにおける金融教育」(北海道教育大学釧路校家庭科教育研究室 鎌田浩子/釧路論集 -北海道教育大学釧路校研究紀要-第47号)
※2:「米国(アメリカ)の金融経済教育」(福岡教育大学教育学部 准教授 奥谷めぐみ/海外における金融経済教育の実態調査報告書)


(取材協力=川口幸子、構成=辻村洋子、漫画=岡本圭一郎)