値下がってもキレるな

1980年代のプロレスブームを牽引した長州力とライバルである藤波辰爾との死闘は「名勝負数え唄」と称され、今も語り継がれている。株式投資の世界では、「投資の神様」ウォーレン・バフェットの数々の取引も伝説になっている。バフェットに詳しい濱本明さんが、投資初心者こそ知るべきバフェットの投資哲学を解説する。

初めての取引は、11歳のとき

2024年3月に史上初の4万円台をつけた日経平均株価は、その後、伸び悩みを見せている(2024年5月現在)。この状況を見て、新NISAのスタートを機に株式投資を始めた人は、「止めておけばよかった」と嘆息し、中には、怒りに震えている人もいるかもしれない。

「キレちゃいないよ」とは、長州力の名言だが、株式投資の世界こそ「キレたら負け」だということを肝に銘じておきたい。

「投資の神様」と称されるウォーレン・バフェットも、過去にはキレたことがあり、数々の失敗を経験している。失敗から教訓を得て、長い時間をかけて試行錯誤を重ねたからこそ、世界が注目する投資哲学にたどり着いたのである。彼の失敗体験は、投資初心者にも大いに役立つことだろう。今回は、後年のバフェットが「人生で最も重要な出来事のひとつ」と語る、幼少時のエピソードを紹介しよう。

6歳の頃、バフェット少年は、使用済みゴルフボールやポップコーンを販売するビジネスを始めた。そして、11歳の時にそのお金120ドルを元手に、姉のドリスを誘って、石油会社シティ・サービスの株を購入する。ドリスはバフェットより2歳年上で、不況のため貧しい生活を強いられた一家にあって苦楽をともにした仲だ。

しかし、当時の二人は投資についてまったく知識を持たず、シティ・サービスの事業内容も知らなかった。ただ、株式ブローカーだった父の仕事をそばで見ていたバフェットが、「これは人気のある株に違いない」と判断したに過ぎなかった。

購入時の株価は38ドル25セント。だが、その後市場は低迷を続け、株価は27ドルまで下落。姉にも出資してもらっていたためバフェットは動揺したが、株価の回復を待って持ち株を40ドルで売却。3株保有していたので二人合わせて5ドル強の利益を手にすることができた。

ホッとひと安心したバフェットだったが、その後、思わぬ展開が待っていた。40ドルまで値上がりした株価は、その後もうなぎ上りに増え続け、なんと202ドルに達したのだ。バフェット少年が激しく落胆したことは言うまでもない。あの時、キレることなく我慢して持ち続けていたら、3株で約500ドル(現在の価値にして約9000ドル、日本円で約140万円)の利益が得られるはずだったのだから……。

少額で利確した際の画像

93歳の現在も貫き通している「3つの教訓」

前述したように、バフェットが「人生で最も重要な出来事のひとつ」と語っているのは、この初めての投資を通じて、億万長者となった現在も貫き通している「3つの教訓」を得ることができたからだ。では、その教訓を見てみよう。

①買ったときの株価にこだわらない

購入時の株価にこだわり、少しでも値下がりした時点で売却したら、後に株価が回復した場合、そのまま損失を計上するだけである。つまり、購入時の株価にこだわると長期的な判断能力を失い、感情的で視野の狭い取引になってしまいかねない。一時的な値動きに一喜一憂することなく、自らの長期的戦略に基づいた投資を心がけるべきだ。

②目先の小さな利益にとらわれない

目先の小さな利益にとらわれると、大きな利益を失う可能性がある。株を購入する際は、必ず目標とする価格(目標価格)がある。仮に1000円の株が1100円に値上がりしても、やがて2000円になると見込まれる場合、「この株はまだ値上がりするはずだから、売らずに持ち続けよう」という判断ができる。目標価格がなく、何となく儲けを出そうと考えている場合、少し値上がりしただけで売ってしまい、結果として儲け損ねてしまうのだ。

③極力、他人のお金では運用しない

自分のお金で運用している時には、株価が下がっても慎重に「待つ」という判断を下すことができる。しかし、他人のお金を運用する場合はそうはいかない。バフェット少年も、姉のお金を預かっていなければ、冷静かつ慎重な判断ができていたかもしれない。借金や信用取引(証券会社からお金を借りて株取引を行う方法)など、他人のお金を運用すると、冷静な判断を保つことが難しくなる。投資は、必ず「自分の資金」を運用するべきだ。

「なぜ勝ったか?」「なぜ負けたか?」の理由を分析する

昨今の投資ブームで、書店には株式投資に関する本が数多く並んでいる。その多くは「私はこうして投資に成功した」というような、成功体験を語る内容のものだ。しかし私は、「成功事例」は再現性が低く、「失敗事例」は再現性が非常に高いと感じている。バフェットが93歳となった今も守り続けている「3つの教訓」を得ることができたのは、11歳の時の手痛い失敗があったからだ。

大切なのは、「自分が失敗したとき、その原因について分析し、教訓とすること」。これができるかどうかが、成功者とそうでない人の分かれ道となるのである。例えば、一時的な値下がりで株を売ってしまった場合、自分が「購入時の株価にこだわりすぎていなかったか?」と自省してみる。逆に、売却によって利益を得ることができた場合も、「目先の小さな利益にとらわれていなかったか?」「当時、なぜそのタイミングが売りの好機だと判断できたのか?」について、いま一度問い直してみよう。

バフェットも、後に購入したワシントン・ポスト株が、一時は25%も値下がりしたが、変わらず保有し続けたおかげで、12年後には初期投資の20倍にまで膨れ上がったという。やはり株式投資には、長期的な視点を持つことが欠かせない。「キレたら負け」の世界なのである。

(構成=梅澤 聡 漫画=岡本圭一郎)